「……馬鹿げてる」
苛立ちのこもった呟きが、隣の彼から聞こえた気がした。葵が戸惑っていることに気づいたのか、彼からはすぐに「すみません。あなたに当たってもしょうがないというのに」と謝罪が飛んでくる。
けれど、そうして俯いてしまった彼の言葉には、確かな怒りがこもっていた。
「な、何故怒っていらっしゃるんですか?」
「考えは人それぞれだと思います。それでも、彼女がそんなことを思って幸せを分けてくれたのなら。そんな幸せ、私はいらない」
彼は葵に視線を合わせてくる。
「彼女がどうしてあんな悲しいバラードを歌ったのか、あなたのおかげで分かった気がします」
「でもあの歌は『こんな素敵な物語』って……」
――そう。だって『あの花』は、最後には幸せに笑って消えるの。
「だからわたしは、素敵な歌詞だと思いますよ。たくさんの花が幸せだったことが、あの花にとっての幸せだったんだなと思って」
「私はそうは思いません」
まるで葵に言い聞かせてくるように、彼の瞳に力強さが増してくる。
「たとえ幸せだったとしても、あの花がいたからたくさんの花が幸せだったに決まっているじゃないですか。あなたも彼女も【自分の幸せ】しか見えていない」
――幸せとは、犠牲で生まれるものでは決してありません。
「本当の幸せとは、あの花が消えずにいつまでもたくさんの花に笑顔を与えること。……一時の幸せなんて、私は欲しくなんかない。そんな幸せを分けるぐらいなら、この先の未来で本当に幸せになれるよう努力すべきです」
葵は大きく目を見開いたまま固まってしまった。それでも彼は、そんな葵から視線を逸らさない。
「……私はそう思いますよ。それを聞いて、あなたはどう思いましたか?」
ふっと笑うと、先程までのやわらかい雰囲気に戻る。
「……わたし。は……」
でも葵は、言葉が出て来なかった。
できることならそうしたい。幸せにだって、なれるものならなりたい。
「……どっ。どうしても、絶対に、幸せになんてなれないんですよ。そうなるってわかっているから、彼女は今のうちに少しでもと思って」
「なら、どうしてそんな未来だと思ってるんでしょう」
「それは――……」



