すべてはあの花のために③


「彼女の特技も見事で。あの細腕のどこにあんな力があるのか」

「確かに、あれには驚きましたわ。わたしには到底あのようなことはできませんもの」


 もう彼は、葵の話をする気満々らしい。話を逸らすのもわざとっぽくなってしまいそうだったので、照れながらも辛抱強く彼の話が終わるまで付き合うことにした。
 褒められること自体は嬉しいし、やっぱり彼といると居心地がいい。彼の方は見られなかったけれど、この雰囲気を楽しむことに。


「極め付けは最後のドレス。私も、会場と一緒になって言葉が出ませんでした」

「そうですね。あの瞬間、とても彼女たちは幸せそうでした」


 葵がそう言うと、「そうですね」と、彼は少し俯く。
 束の間、沈黙が続いた。それが嫌だったとかではない。ただどうしてか、彼とはもっと話がしてみたくて。


「あなたはもし、自分に幸せが訪れないとわかっていたらどうしますか?」


 やさしい彼の雰囲気のせいか、気付けば口が、ついそんなことを聞いてしまっていた。


「彼女、ライブで言っていましたでしょう? 『今この時幸せだって気持ちを、誰でもいい。たった一人でもいいから、分けてあげたい』と」

「ええ。そうですね」


 葵はゆっくりと目を閉じた。
 どうして彼には、こんなことを言ってしまうのかわからなかったけれど。


「その時の彼女の言葉を聞いて、思ったんです。もしかして彼女の未来には、幸せなんてものは来ないのではないのかと。だから彼女は、今のうちに幸せをわたしたちに分けてくれたのかなと」


 彼は何も言わなかった。ただ、ステージの方を向いて話す葵の横顔を、じっと見つめているだけ。


「だから、もしあなたが彼女と同じように、未来に幸せがないと知っていたならどうするのかなって」


 壁にもたれかかっていた彼はゆっくりと体を起こし、葵の視線を追うように、同じようにステージの方を見つめた。


「あなたがもし、彼女と同じように未来に幸せがないことを知っていたなら、彼女と同じようなことをされるのですか」


 まさか聞き返されるとは思わなかった。
 でも、答えは決まっている。


「そうですね。わたしも、彼女と同じように少しでも自分の幸せを分けたい。大好きな人たちの幸せが、わたしにとっての幸せですから」


 だってこの話は、全て【葵】のことだから。
 自分にはこの先の未来になんて、幸せなんて何もない。ただただ真っ暗になるだけ。そうなることは最初から決めていた。だから、変わることはないんだ。