すべてはあの花のために③


「(見たことないはずなのに、一緒にいると安心する……)」


 飲み物を渡してくれた彼は、そのまま何も言わず葵の傍についていてくれた。その彼が纏うやさしい空気感に既視感を覚えて、葵は気付けば「あの。どこかでお会いしたこと、ありますか?」と尋ねていた。


「この後夜祭は桜だけの祭り。校内のどこかでお会いしたことがあるのかもしれませんね」


 僅かに目を見開いた彼は、ふっと笑った。
 確かにその通りで、少し照れくさくなった。いつも変態だの何だのとバカにされるから、こんなやわらかい態度を返されるのは初めてで。葵は赤くなった頬を隠すように彼から視線を外す。


「今日はどうしてお疲れに?」


 葵のそんな様子を知ってか知らずか、体調のことを気に掛けてきてくれる彼の口調は、やはりやさしくてやわらかい。


「きょっ、今日はミスコンと、生徒会の皆様のライブを見に行ってまして。その人の多さにちょっと」


 この仮面舞踏会で相手の名前を聞くのはタブー。だからこう言っておけば、誰も葵だと気づくことはないだろう。若干声は上擦ってしまったけれど。


「確かにあれはすごい人でしたね。生徒会の熱狂的なファンの人たちに当てられるのもわかります」


 そうか、彼も自分のことを見ていたのか。それは……少し恥ずかしい。


「それにしても、コンテストに参加されていた女性たちは美しい方ばかりでしたね」

「ええ。そうですね」


 自分を除いてはと、そう思っていたのだが。


「特に、最後に登場された方のギャップがすごくて」

「確かに、あの男性の写真との違いはすごかったです」

「違いますよ。私がギャップで驚いたのはもちろん彼もですが、今話してたのはその隣に立っていた彼女の方です」

「え?」


 葵もそのギャップを狙ってはいたが、隣の彼の存在に霞んでしまっていたはずだ。


「そ、そうなんですか。あまりにも隣の彼が素敵でしたので、彼女のことはあまり見ていませんでしたわ」

「それはもったいない。今日の彼女はいつもの清楚なイメージから一変して、とても可愛らしい雰囲気でしたよ」


 その人は隣にいますよとは、口が裂けても言えない。


「隣の彼が羨ましい。あんな風に顔を赤くされては、どんな男性も虜になってしまうでしょうに」

「そ、そうですか。それは……よく見ておけばよかったですわ」


 このままだと顔から火が出そうだ。