「(見たことないはずなのに、一緒にいると安心する……)」
飲み物を渡してくれた彼は、そのまま何も言わず葵の傍についていてくれた。その彼が纏うやさしい空気感に既視感を覚えて、葵は気付けば「あの。どこかでお会いしたこと、ありますか?」と尋ねていた。
「この後夜祭は桜だけの祭り。校内のどこかでお会いしたことがあるのかもしれませんね」
僅かに目を見開いた彼は、ふっと笑った。
確かにその通りで、少し照れくさくなった。いつも変態だの何だのとバカにされるから、こんなやわらかい態度を返されるのは初めてで。葵は赤くなった頬を隠すように彼から視線を外す。
「今日はどうしてお疲れに?」
葵のそんな様子を知ってか知らずか、体調のことを気に掛けてきてくれる彼の口調は、やはりやさしくてやわらかい。
「きょっ、今日はミスコンと、生徒会の皆様のライブを見に行ってまして。その人の多さにちょっと」
この仮面舞踏会で相手の名前を聞くのはタブー。だからこう言っておけば、誰も葵だと気づくことはないだろう。若干声は上擦ってしまったけれど。
「確かにあれはすごい人でしたね。生徒会の熱狂的なファンの人たちに当てられるのもわかります」
そうか、彼も自分のことを見ていたのか。それは……少し恥ずかしい。
「それにしても、コンテストに参加されていた女性たちは美しい方ばかりでしたね」
「ええ。そうですね」
自分を除いてはと、そう思っていたのだが。
「特に、最後に登場された方のギャップがすごくて」
「確かに、あの男性の写真との違いはすごかったです」
「違いますよ。私がギャップで驚いたのはもちろん彼もですが、今話してたのはその隣に立っていた彼女の方です」
「え?」
葵もそのギャップを狙ってはいたが、隣の彼の存在に霞んでしまっていたはずだ。
「そ、そうなんですか。あまりにも隣の彼が素敵でしたので、彼女のことはあまり見ていませんでしたわ」
「それはもったいない。今日の彼女はいつもの清楚なイメージから一変して、とても可愛らしい雰囲気でしたよ」
その人は隣にいますよとは、口が裂けても言えない。
「隣の彼が羨ましい。あんな風に顔を赤くされては、どんな男性も虜になってしまうでしょうに」
「そ、そうですか。それは……よく見ておけばよかったですわ」
このままだと顔から火が出そうだ。



