葵が自分の体を抱き締めていると、すっとチカゼが立ち上がった。
「……ちか、くん?」
「ちっと茶点ててやるから、それでも飲めや。そしたら少しは落ち着くだろ」
そう言ってテキパキと準備をし出す。わけがわからない。
すると横でオウリが〈ちーちゃんの点てたお抹茶! すんごい美味しいから! 心が落ち着くかも!〉そう教えてくれた。
「ついでに菓子持ってくるから、あんたは座っておけば」ヒナタはそう言うと、オウリと一緒に茶室から出て行った。
チカゼと二人っきりになった葵は、取り敢えず床の間から離れた場所に座った。
「別に、お前一人しかいねーんだから、遠慮なんかすんなよ」
きっと、座った場所のことを言ったのだろう。
「ううん。わたしはここでいい。チカくんがきちんとした作法で点ててくれるっていうのに、わたしがきちんとしてなかったら君に失礼だもん」
そう言うと、彼は一瞬呆気にとられた後、お得意のニカッとした笑顔を向けてくれた。
「(この笑顔だけで、わたしは十分落ち着くんだけど……)」
どちらかというと、今のチカゼはまるで彼じゃないみたいで、逆に心が落ち着かない。葵の心情を知ってか知らずか、彼は大人びた表情のまま、流れるような動作でお茶を点てていく。
「(時々彼の表情が大人びるのは、茶道のせいか)」
茶室には、彼がお茶を点てる音しかしない。それがとっても心地よくて、葵の心は大分静まった。
「(でも、なんでだろう)」
流れるような仕草で、表情も大人びているというのに。
「(なんだか、寂しい。苦しい? そんな感情が見えるのは、どうしてなんだ)」
そうこうしていると、あっという間に葵の前へお茶が出された。
「どうぞ。召し上がってください」
今までの彼とは思えない口調でそう言われると、胸がざわつく。葵は両手をついて会釈をし「お点前頂戴致します」と、培った茶道の作法を間違わず流れるようにお茶を戴いた。
「(あ。すっごくおいしい)」
チカゼの腕は、本当にいいみたいだ。
別に疑っていたわけではない。彼の動作からして、体に染みついてるのがわかる。
「(お抹茶自体が高級なもの、とかじゃないんだよ)」
喉元をすーっと通り過ぎた時の苦みだとか、抹茶の香りだとか、絶妙すぎて言葉に表せられない。
「お服加減は如何で御座いますか?」
彼がふわりと笑ってそう聞いてくる。
「大変結構で、御座います」
これは動揺もしてしまうだろう。
いつもとは違う彼に、葵の方が今日は負けてしまったようだ。
「(いや、別に勝ち負けとかじゃないんだけどさ)」
嬉しそうに微笑む彼を見ると、完敗だなあって思う。



