すべてはあの花のために③


 目の端の涙を拭いながらそう言うと、顔を少し赤くした彼は少し拗ねたように口を尖らせた。


「だって、サムシングフォーって花嫁が身につけるものだし……ぷっ」


 笑いを堪えながら「でも」と、葵は付け足した。


「わたしも、どこまでも踏み込もうと思ったので、身につけてみました」


 彼は少し目を見開いたあと、照れた笑顔で「教えて?」と。


「そんなに期待してもらえるようなものではないですよ」

「うん。ただ、聞きたいなと思ったんだ」


 彼がやっぱりふわりと笑うので、葵もふわっと笑った。


「『古いもの』は、受け継いだものとかって特にはないので。髪とかでいいかと思って」

「うん。素敵だと思う」


 彼がそう言ってくれたので、心がすっと軽くなる。


「『新しいもの』は靴。見えないけど、今は真っ赤な靴を履いているんです」

「真っ赤なんだ」

「変だと思わないんですか?」

「え? もちろん。きっと君に似合ってるんじゃないかって、そう思うよ」


 ニコッと笑ってくれる彼は、本当にそう思ってくれているみたいだ。


「……『借りたもの』は、このネックレス」

「素敵なブルーとピンクのハートだね」


 彼はウインクしながら、お茶目にそう言ってくれる。


「『青いもの』は、ブーケと花冠」


「それとね?」と葵は続ける。


「左足の靴の中に一枚、『銀の6ペンスコイン』が入ってるんです」

「そんなのがあるの?」

「これもちゃんとジンクスなんですよ」


 葵がそう言い終わると、ちょうど会場の中心に辿り着いた。


「でも、本当の結婚式でも何でもないのに、どうしてここまでするの?」

「それはあなたもじゃないですか」


 言い返したつもりでも、彼は真面目な表情のまま止まっている。


「……わたしは、『幸せにはなれない人間』ですから」

「どうして?」


 葵は苦笑いしながら、彼の方を向く。


「最初から決まってること、だからです」


 そう言うと、彼は目を見開いたまま固まってしまった。けれど、少し考えてすぐに。


「それじゃあ君は、今この一瞬だけでも幸せになろうとしたんだね」


 今度は葵が目を見開く番だ。
 少しだけ寂しそうな彼から、葵は視線を会場の人たちに向け、ゆっくりと目を閉じる。


「その通りです。――それでも」


 そして、“仮面”を着けていない、本当の笑顔で彼の方へ向いたあと、葵はステージの方へ体を向き直る。


「こんな『わたし』でも、ここにいる誰か一人にでも幸せを分けてあげられたらって。……そう、思うから――――」