「適当に座って」
ナミルを招き入れたアンセムはそう言うと、飲み物の準備を始めた。
「はい…」
自分から押しかけてきたくせに、いざ部屋に入ると緊張してしまうナミルである。
とりあえず、ソファに座った。
部屋を見渡す。ここに来るのは二度目だが、一度目と何も変わった様子はなかった。
ふとベッドが目に入る。
(ここでアンセムさんとしたんだ…)
今ではもう夢だったのではないかと思うほど、現実感がなくなっていた。
見え見えのブリッコでアンセムの気持ちを動かそうとしていた自分が恥ずかしくて、嫌な汗が出てくる。
「コーヒーで良かったかな?」
「はい。アンセムさんが入れてくれたものならなんでもオッケーです」
一度目は、飲み物なんて出てこなかったな。
そんなことも思い出す。
アンセムは微笑むと、デスクの椅子に座った。
「なんですか、この距離間は」
「いや、オレ本当にどうかしてるし、近くにいない方がいいかと思って」
「シンの言うことなんか、気にしなくていいですよ。あいつ、変人ですから」
ナミルの歯に衣を着せない物言いに、アンセムは思わず声を出して笑った。
胸がキュっするナミル。
諦めようと努力しているけれど、やっぱり自分はこの人が好きだと思う。
「テラスさんも変人ですよね」
だから、テラスのことはやはり好きにはなれない。
「テラスが聞いたら怒るよ」
「別に、構いませんよ。あの人、男と女のこと全然わかってないですよね」
同意を求められて、アンセムは返答に困る。
「アンセムさんが言ったことは、極普通だと思いますよ。好きな相手に欲情しない方がおかしいですもん」
そしてナミルはアンセムを見つめた。
好きな異性と触れ合いたいという感情は、とても自然だと思う。
心も体も触れ合いたい。心がダメなら、体だけでも触れ合いたい。
「そうかな…」
アンセムは自信なさげに呟いた。
相手に自分の気持ちを押し付けるのが愛情なのか?
テラスを一番に考えたいのに、感情がそれを裏切ることが苦しかった。
「そうですよ。特にアンセムさんなんて、そういった目で見られることが日常なんでしょうから。それに、欲情して無理矢理迫るわけでもなし、むしろ優しいですよ」
ナミルは必死に訴えた。
どうにかしてアンセムを励ましたかった。
アンセムは全然最低なんかじゃない。こんなにもテラスのことを大切に思っているではないか。
「ありがとう、ナミル」
アンセムは微笑んで礼を言った。
ドキン、とナミルの心臓が大きな音を立てる。
慌てて目を逸らした。
「そういうの、テラスさんわかってるのかなぁ」
どうにも鈍感なテラスに、ナミルは怒りを感じる。
こんなに想われて、なぜいつまでも受け入れないのかと。
「テラスはオレがこんなだから、心を痛めてると思うよ」
「どこがですか?」
ナミルにはさっぱりわからない。
「律儀な性格だからね。一度、テラスから自分を諦めて他の人に行った方がいいと言われたことがあったんだ」
「ええ!?なんですか、それ!」
なんともったいないことを。
「毎日考えていてくれたんだと思うよ。
それでも、好きという気持ちがわからないし、オレの気持ちに応えられるかもわからないからと、時間が経っても答えを出せない自分に、随分と悩んでいたみたいだ。それは、今もなんだろうな」
「でもアンセムさんは諦めないんですよね?」
「ああ、いくら待たされてもいいと思っているよ。でも、ここのところ、感情がセーブできなくなってるな…」
ため息をつくアンセム。
「正直、待つのがこんなに大変だとは思わなかった。
あの男の言う通りだよ。今までは気が向けば感情がなくてもセックスしたし、求められることばかりだったからね。相手の気持ちなんて、真剣に考えていなかったんだろうな」
「仕方ないですよ。アンセムさん素敵だから、女の子は夢中になりますもん」
「ナミルにも酷いことをした」
「だから、それはいいですから。私が求めたことを、受け入れてくれただけなんですから」
ナミルは懸命にアンセムを擁護する。
「いや、違うよ。あのときはムシャクシャしていた。発散させたかった。
だから、ナミルから誘われて、知らない相手と一度きりの方が気楽だと思って応じたんだ。最低だろ?
「そんなことありません。私はそれでも嬉しかったです」
嬉しかったのは本当だ。
ナミルはソファから立ち上がり、アンセムに近づいた。
どうしたら、アンセムは自己嫌悪をやめてくれるだろうか。
「セックスなんて、みんなしてることじゃないですか。
ましてや、アンセムさんはテラスさんと恋人関係じゃないんですから、そこまで自分を責めたらアンセムさんが可哀想です」
椅子に座ったままナミルを見つめるアンセムを抱き締めた。
アンセムはナミルの温かさ、柔らかさ、そして香りに頭がグラリとした。
「押し倒さない約束だろう?」
「別に押し倒してません。抱き締めてるだけです」
ナミルの腕に力が入る。
アンセムはすぐ横のベッドでしたことを思い出した。
「これは拷問だな…」
「そんなに私のこと嫌いですか?」
「違うよ。誘惑に負けそうだ」
「いいですよ。今回限りでも。私でストレス発散してください」
ナミルはアンセムを見つめた。
アンセムの葛藤がわかる。
「アンセムさんが少しでもそれで気が紛れるなら、私は構いません」
ナミルはアンセムのためなら何でもしたいと思った。
「ごめん。離れてくれないか」
「っ!!」
だから、アンセムから拒否されてナミルは体が強張った。
自分が深く傷ついたことを感じた。
「…すみませんでした…」
ゆっくりとアンセムから離れるナミル。泣きそうだった。
「ナミル、ありがとう。君の気持ちはすごく嬉しいよ。ただ、オレはこれ以上自分を嫌いになりたくないんだ」
アンセムはそっとナミルの頭をなでた。
「オレのこと、一生懸命励まそうとしてくれたんだよね。2つも年上なのに、情けない男だよ」
ナミルは首を振った。
「前のオレなら、ナミルの申し出を喜んで受けていたと思う。だけど、テラスへの自分の気持ちを通したいんだ」
ナミルは必死で涙を堪える。
「この気持ちを貫きたくて、ミュウも泣かせてしまった。
それに、オレが欲しいのはテラスなんだ。ナミルに身代わりをさせるわけにはいかない」
ついに涙が溢れるナミル。
「ごめん…」
ナミルは慌てて目を擦った。
励ましにきた自分がアンセムを落ち込ませてどうするのだ。
「もう!本当にテラスさんってムカツク!こんなにエッチ上手な人に我慢させるなんて許せない!」
そして顔を上げて毒を吐く。
強くなれ自分!ナミルは自分も励ました。
「アンセムさんが禁欲生活だなんて、この世にとっては大きな損失だわ!
早くくっつけばいいのに!そうでなければ、テラスさんに早くアンセムさんを振ってほしい!」
いきなり叫び出したナミルに驚いたアンセムだが、彼女の真意に気付いて優しいまなざしを向けた。
「オレはそんなに上手いかな?」
「はい。それはもう!」
アンセムは苦笑した。
「ああ、なんか私壊れてますね…」
ナミルは急に恥ずかしくなった。
何をわけのわからない熱弁をしているのかと。
「いや、かなり元気をもらったよ」
「本当ですか?」
上目遣いでアンセムを見るナミル。
「ああ。ありがとう」
アンセムは笑顔になった。
(ああー!もう、どうしてこの人の好きな相手が私じゃないんだろう!!)
心の中だけで叫ぶナミル。
今テラスが目の前にいたら、ひっぱたいてしまうと思う。
「腹減らないか?」
「え?」
「ナミル、昼食もう食べた?」
「い、いえ!まだです」
「じゃぁ、これから行こう」
変なわだかまりを残さないための、アンセムの心配りだった。
「はい。喜んで」
ナミルは笑顔で頷いた。
この人の特別にはなれなくても、傍にいられるならそれでいい。
そう思うナミルだった。
ナミルを招き入れたアンセムはそう言うと、飲み物の準備を始めた。
「はい…」
自分から押しかけてきたくせに、いざ部屋に入ると緊張してしまうナミルである。
とりあえず、ソファに座った。
部屋を見渡す。ここに来るのは二度目だが、一度目と何も変わった様子はなかった。
ふとベッドが目に入る。
(ここでアンセムさんとしたんだ…)
今ではもう夢だったのではないかと思うほど、現実感がなくなっていた。
見え見えのブリッコでアンセムの気持ちを動かそうとしていた自分が恥ずかしくて、嫌な汗が出てくる。
「コーヒーで良かったかな?」
「はい。アンセムさんが入れてくれたものならなんでもオッケーです」
一度目は、飲み物なんて出てこなかったな。
そんなことも思い出す。
アンセムは微笑むと、デスクの椅子に座った。
「なんですか、この距離間は」
「いや、オレ本当にどうかしてるし、近くにいない方がいいかと思って」
「シンの言うことなんか、気にしなくていいですよ。あいつ、変人ですから」
ナミルの歯に衣を着せない物言いに、アンセムは思わず声を出して笑った。
胸がキュっするナミル。
諦めようと努力しているけれど、やっぱり自分はこの人が好きだと思う。
「テラスさんも変人ですよね」
だから、テラスのことはやはり好きにはなれない。
「テラスが聞いたら怒るよ」
「別に、構いませんよ。あの人、男と女のこと全然わかってないですよね」
同意を求められて、アンセムは返答に困る。
「アンセムさんが言ったことは、極普通だと思いますよ。好きな相手に欲情しない方がおかしいですもん」
そしてナミルはアンセムを見つめた。
好きな異性と触れ合いたいという感情は、とても自然だと思う。
心も体も触れ合いたい。心がダメなら、体だけでも触れ合いたい。
「そうかな…」
アンセムは自信なさげに呟いた。
相手に自分の気持ちを押し付けるのが愛情なのか?
テラスを一番に考えたいのに、感情がそれを裏切ることが苦しかった。
「そうですよ。特にアンセムさんなんて、そういった目で見られることが日常なんでしょうから。それに、欲情して無理矢理迫るわけでもなし、むしろ優しいですよ」
ナミルは必死に訴えた。
どうにかしてアンセムを励ましたかった。
アンセムは全然最低なんかじゃない。こんなにもテラスのことを大切に思っているではないか。
「ありがとう、ナミル」
アンセムは微笑んで礼を言った。
ドキン、とナミルの心臓が大きな音を立てる。
慌てて目を逸らした。
「そういうの、テラスさんわかってるのかなぁ」
どうにも鈍感なテラスに、ナミルは怒りを感じる。
こんなに想われて、なぜいつまでも受け入れないのかと。
「テラスはオレがこんなだから、心を痛めてると思うよ」
「どこがですか?」
ナミルにはさっぱりわからない。
「律儀な性格だからね。一度、テラスから自分を諦めて他の人に行った方がいいと言われたことがあったんだ」
「ええ!?なんですか、それ!」
なんともったいないことを。
「毎日考えていてくれたんだと思うよ。
それでも、好きという気持ちがわからないし、オレの気持ちに応えられるかもわからないからと、時間が経っても答えを出せない自分に、随分と悩んでいたみたいだ。それは、今もなんだろうな」
「でもアンセムさんは諦めないんですよね?」
「ああ、いくら待たされてもいいと思っているよ。でも、ここのところ、感情がセーブできなくなってるな…」
ため息をつくアンセム。
「正直、待つのがこんなに大変だとは思わなかった。
あの男の言う通りだよ。今までは気が向けば感情がなくてもセックスしたし、求められることばかりだったからね。相手の気持ちなんて、真剣に考えていなかったんだろうな」
「仕方ないですよ。アンセムさん素敵だから、女の子は夢中になりますもん」
「ナミルにも酷いことをした」
「だから、それはいいですから。私が求めたことを、受け入れてくれただけなんですから」
ナミルは懸命にアンセムを擁護する。
「いや、違うよ。あのときはムシャクシャしていた。発散させたかった。
だから、ナミルから誘われて、知らない相手と一度きりの方が気楽だと思って応じたんだ。最低だろ?
「そんなことありません。私はそれでも嬉しかったです」
嬉しかったのは本当だ。
ナミルはソファから立ち上がり、アンセムに近づいた。
どうしたら、アンセムは自己嫌悪をやめてくれるだろうか。
「セックスなんて、みんなしてることじゃないですか。
ましてや、アンセムさんはテラスさんと恋人関係じゃないんですから、そこまで自分を責めたらアンセムさんが可哀想です」
椅子に座ったままナミルを見つめるアンセムを抱き締めた。
アンセムはナミルの温かさ、柔らかさ、そして香りに頭がグラリとした。
「押し倒さない約束だろう?」
「別に押し倒してません。抱き締めてるだけです」
ナミルの腕に力が入る。
アンセムはすぐ横のベッドでしたことを思い出した。
「これは拷問だな…」
「そんなに私のこと嫌いですか?」
「違うよ。誘惑に負けそうだ」
「いいですよ。今回限りでも。私でストレス発散してください」
ナミルはアンセムを見つめた。
アンセムの葛藤がわかる。
「アンセムさんが少しでもそれで気が紛れるなら、私は構いません」
ナミルはアンセムのためなら何でもしたいと思った。
「ごめん。離れてくれないか」
「っ!!」
だから、アンセムから拒否されてナミルは体が強張った。
自分が深く傷ついたことを感じた。
「…すみませんでした…」
ゆっくりとアンセムから離れるナミル。泣きそうだった。
「ナミル、ありがとう。君の気持ちはすごく嬉しいよ。ただ、オレはこれ以上自分を嫌いになりたくないんだ」
アンセムはそっとナミルの頭をなでた。
「オレのこと、一生懸命励まそうとしてくれたんだよね。2つも年上なのに、情けない男だよ」
ナミルは首を振った。
「前のオレなら、ナミルの申し出を喜んで受けていたと思う。だけど、テラスへの自分の気持ちを通したいんだ」
ナミルは必死で涙を堪える。
「この気持ちを貫きたくて、ミュウも泣かせてしまった。
それに、オレが欲しいのはテラスなんだ。ナミルに身代わりをさせるわけにはいかない」
ついに涙が溢れるナミル。
「ごめん…」
ナミルは慌てて目を擦った。
励ましにきた自分がアンセムを落ち込ませてどうするのだ。
「もう!本当にテラスさんってムカツク!こんなにエッチ上手な人に我慢させるなんて許せない!」
そして顔を上げて毒を吐く。
強くなれ自分!ナミルは自分も励ました。
「アンセムさんが禁欲生活だなんて、この世にとっては大きな損失だわ!
早くくっつけばいいのに!そうでなければ、テラスさんに早くアンセムさんを振ってほしい!」
いきなり叫び出したナミルに驚いたアンセムだが、彼女の真意に気付いて優しいまなざしを向けた。
「オレはそんなに上手いかな?」
「はい。それはもう!」
アンセムは苦笑した。
「ああ、なんか私壊れてますね…」
ナミルは急に恥ずかしくなった。
何をわけのわからない熱弁をしているのかと。
「いや、かなり元気をもらったよ」
「本当ですか?」
上目遣いでアンセムを見るナミル。
「ああ。ありがとう」
アンセムは笑顔になった。
(ああー!もう、どうしてこの人の好きな相手が私じゃないんだろう!!)
心の中だけで叫ぶナミル。
今テラスが目の前にいたら、ひっぱたいてしまうと思う。
「腹減らないか?」
「え?」
「ナミル、昼食もう食べた?」
「い、いえ!まだです」
「じゃぁ、これから行こう」
変なわだかまりを残さないための、アンセムの心配りだった。
「はい。喜んで」
ナミルは笑顔で頷いた。
この人の特別にはなれなくても、傍にいられるならそれでいい。
そう思うナミルだった。



