超人気美男子に目を付けられた平凡女は平和な寮生活を求めて苦悩する

「あ、アンセムが来た」

こちらへ歩いてくるアンセムにテラスは気付いた。
台車を押して行こうと思うのに、シンが手を離してくれない。

「テラス、見捨てるなよ」

「シン、逃げないで!」

「おはよう、テラス」

アンセムがテラスの前まで辿りつき挨拶をする。

「おはよう。待ってたんだよ」

「オレを?」

「うん」

「おい、あんたさー、俺が先にテラスと話してたんだぜ」

自分が視界に入っていないかのようなアンセムの態度に、シンはムカついて抗議した。
アンセムは黙殺する。シンと関わりたくなかった。

「とりあえず、中入ろう」

アンセムは台車をテラスから受け取る。
台車ではなくテラスを引き止めたいシンは、台車から手を離して怒鳴った。

「無視するな!」

「シン、私に逃げないでちゃんと話聞いてあげなよ」

テラスはシンを窘めたが…。

「イヤだね。なんだよ、テラスまでそういうこと言うのかよ」

当然言うことを聞くシンではない。

「ユキ、そんなに嫌われることした?」

ウルウルと瞳を潤ませ、シンを見つめるユキ。

「イヤならイヤで、自力で逃げなよ」

つれないテラスなのである。

「テラス、行こう」

アンセムが促す。
早くこの場から、シンから離れたかった。
そんなアンセムの苛立ちにテラスが気付く。

(アンセムが苛々するなんて、珍しいな…)

昨日からアンセムの様子がおかしい。
だからテラスは心配になって図書館に来たのだ。

「ねぇ、どうして昨日急に帰っちゃったの?」

テラスはずっと気になっていたことを聞いた。
突然の質問にアンセムは動揺する。
正直に伝えたら、テラスはまた自分から逃げるかもしれない。
何と答えればいいのか、アンセムは悩んだ。

「だから、無視するなって!」

うるさく騒ぐシンと目が合った。
どうしてこんな男に焦りを感じなければならないのか。冷静ではいられなかった。

「テラスに欲情して、あのまま部屋にいたら襲ってしまいそうだったからだ」

本音がそのまま口から出た。
アンセムの発言に、騒いでいたシンとユキも静まる。
テラスはアンセムの顔を見たまま固まっていた。
いつもの軽口ではないと、アンセムの顔を見ればわかる。

「おまえ…、最低だな」

沈黙を破ったのはシンだった。

「何がだ?」

アンセムが鋭くシンを睨む。

「シン、違うよ。最低なのは私だよ」

「なんでだよ!こいつ口では綺麗なことばっか言って、結局やりてーんじゃねーか!」

アンセムはこの場にいることが耐えられなくなり、テラスの手を引いて片手で台車を押し始めた。

「テラスを連れて行くなよ!」

アンセムは完全無視した。

「あんた、テラスの気持ち考えてんのか!?」

アンセムはテラスの手を引いたまま歩みを止めない。

「俺たちみたいに恋愛感情がわからない奴が、一方的に感情ぶつけられたとき、どれだけしどいかわかってんのかよ!」

「おれたち?」

アンセムは立ち止まって振り向いた。

「シンやめて」

テラスはシンを制止する。しかし、シンの口は止まらない。

「あんたみたいに軽くセックスして、誰にでもお愛想ふりまいて、自分が求めれば誰でも振り向いてもらえると思ってる奴には…」

「シン!」

シンの言葉をテラスが途中で遮った。
アンセムは怒りでどうにかなりそうだ。殴りかかりたい衝動を必死で抑える。

「アンセムを悪く言わないで」

「どうして庇うんだよ!」

「悪いのは、私だから」

「な…なんで泣くんだよ…」

シンの言葉に、アンセムはテラスを振り返る。
テラスの目から涙がこぼれていた。驚いて目を見開くアンセム。
自分は何をやっているのか。
アンセムは掴んでいたテラスの手を離した。

「アンセム、行こう」

テラスは目を擦って言うと、カウンターまで走った。
アンセムも台車を押して追いかける。

「テラス追い詰めて楽しいのかよ」

後ろからシンの言葉が突き刺さった。

「カイさん、中でやれますか?」

カウンターまで来るとテラスが聞いた。
すでにに涙は乾いている。

「ああ、いいぞ」

当然やりとりは全て聞こえていたカイだが、何事もなかったかのように、テラスとその後に続いたアンセムを招き入れた。
ナミルは何も言わず、ただ見ているだけだ。
取り残されたシンは、仕方なく図書館を出て行く。

「待ってよ待って!」

その後ろをユキが追いかけて行った。

「シンも厄介な女に目を付けられたな…」

ようやく図書館が静かになり、ナミルが呟いた。

「知ってる子なのか?」

カイが聞く。

「はい。とくに仲がいいわけじゃないですけど、私と同じ学年なので…。
彼女はユキっていいます。第三寮に来てからターゲット見つけては引っ掻き回してるみたいですよ。
この前の談話会で、シンも私も彼女と一緒だったんですけど、そこで目を付けられたんでしょうね。なんで態度最悪のシンを気に入ったのか理解できませんけど」

「ほう」

「ところで、あっちの2人はどうなってるんですか?」

ナミルはテラスとアンセムが入った奥の部屋を指差した。

「さぁ」

「カイさん、大人なのにズルいですね。情報提供するのは私だけですか?」

「大人はズルい生き物なんだ」

ナミルはため息をついた。

「あれじゃ、アンセムさんが可哀想過ぎますよ」

「まぁ、さすがの僕も同情はするよな。だが、アンセムが選んだ相手がテラスなんだから仕方ない。耐えるしかないだろうなぁ」

「カイさんって、テラスさんには随分と優しいですよね」

「僕はえこひいきするんだ」

「カイさんといいアンセムさんといいシンといい、テラスさんってどうして特別扱いされるのかなぁ。彼女の魅力ってなんなんだろう…」

シンは別として、アンセムとカイに好かれるテラスを羨ましいと思うナミル。

「自分で考えるんだな」

「今のは独り言です!」

カイは肩をすくめて仕事にとりかかった。
ナミルも本を探すためにカウンターから離れた。