超人気美男子に目を付けられた平凡女は平和な寮生活を求めて苦悩する

テラスは生物学のコーナーへ行った
やっぱりというか、当然というか、そこにはシンがいた。
シンは本を見ながら、テラスが来るだろうと待っていたのだ。

「本見つかった?」

声をかけるテラス。

「まーね」

手に取っていた1冊の本を見せる。

「ここ利用したいんだったら、カイさんにはきちんと挨拶した方がいいよ」

「なんだアイツ?ただの司書のくせに、わけわかんねー言いがかりつけてきやがって!」

「言いがかりじゃないじゃん」

思わず突っ込みを入れるテラス。

「なんだよ」

「一応、当たりが強いって自覚あるんだけど」

「う、うるせー」

「カイさん、割と恐いよ?」

「どこが」

「まぁ…う~ん、とにかく気をつけてね」

具体的に説明すると、何となくカイにバレそうで恐いテラスなのである。
テラスはお目当ての本をすぐに見つけて手に取る。
シンはそんなテラスを眺めていた。

「あれ?帰らないの?」

「帰るよ」

そう言いつつも動かないシンに、不思議そうな顔をするテラス。

「テラスも経験ぐらいはあるんだろ?」

そして唐突に質問された。

「え?何が?」

全く意味がわからない。

「だから、恋愛に興味なくても、キスやセックスくらいはしたことあるんだろ」

「な…」

いきなりの露骨な質問に、テラスは顔を歪めた。

「なんなの、いきなり」

ジリジリとシンと距離をとる。

「いや、気になっただけ。教えろよ」

「イヤだよ」

「ってことはあるんだな」

「なんでそうなるの?」

「まぁ、普通はそうだよな。ここにきて1年以上経ってるんだもんな」

シンは1人で勝手に納得している。

「ないよ!」

だから思わず言ってしまった。

「え?マジで?」

驚きのシン。

「キスもしたことねーの?」

再度確認されて、テラスは嫌な気持ちになる。
キスと言えば、リツに無理矢理されたものと、苦い罪悪感が残ったタキノリとのものだけだ。

「なんなの?そういう話イヤなんだけど」

テラスはシンに背を向けて歩き始めた。

「なんだよ、ここまで来たら白状しろよ。気になるじゃねーか」

スタスタと歩くテラスにシンがついてくる。

「うるさいな~…。嫌なものは嫌」

テラスは走り出した。

「あ、おい!」

シンも走り出す。
走りながらも「珍しい奴だな~」とか、色々と感想を言ってくる。
テラスは無視した。
カウンターにやっと辿り着き「カイさん、お願いします」と、息を切らしながら本を渡す。

「どうしたんだ?」

「何でもありません」

「そうか?」

テラスの後ろには、やっぱり息を切らしたシンがいる。
カイは気にせず手続きを続けた。

「そういえば、今日アンセムは来ないなぁ」

カイが独り言のように呟く。

「そうなんです…か…」

普通に相槌をうとうとして、テラスは思い出した。
そう言えば、自分はアンセムともキスをしているのだった。
すっかり記憶の奥に忘れ去っていた。
思い出したら急に恥ずかしくなった。

「どうした、テラス」

「なんでもないです…」

「そうか、なんでもないなら」

そこでカイはにやりとする。

「手伝い、頼めるか?とりあえず、こっち入れ」

「はぁ…」

カイからの仕事の依頼はいつも突然なので、テラスは言われるがままカウンターの中に入った。

「で、おまえは?」

カイはシンを一瞥する。
自分を全く無視して行われた2人のやり取りが面白くなく、シンは無言で本をカイに渡した。
カイも黙々と手続きをし、シンに無言で本を渡すと「行っていいぞ」と一言発した。
「早くどこかへ行け」という意味だった。
シンは強制的な雰囲気にムカついたが、カイの迫力に負けて無言で図書館から出て行った。
シンがいなくなると、カイはテラスに笑顔で話しかけた。

「で、なに1人で赤くなってるんだ?」

「え?え?」

「アンセムの名前で、何か思い出したのか?」

勘の鋭いカイである。

「なんでもありません!それより、手伝いって何ですか?」

「いや、特にない」

「え?」

「あいつに付きまとわれて迷惑そうだったから、助け舟出しただけだ」

「ありがとうございます…」

素直に例を言うテラス。
正直、嫌だと言っているのにしつこく聞かれて苦痛だった。

「でも、カイさんが仕事溜めてないって、奇跡ですね。
本当にないんですか?グループ研究も一段落だし、手伝いますよ」

「今日のところは大丈夫だ。それより、最近アンセムとはどうだ?」

カイは楽しそうに聞いた。

「どうと言われましても…」

「僕から見たら、随分といい雰囲気になってるだがなぁ」

「仲は良いですよ」

「まだテラスの気持ちがついていかないか」

「う~ん…」

ストレートに聞かれて考え込んでしまうテラス。
そのまま黙り込んでしまった。

「すまん…つい気になって急かした質問をしてしまった」

思わず謝るカイ。

「いえ、いいんです」

謝られてテラスは慌てた。

「カイさん、付き合うって、やっぱり色々なことしますよね?」

「色々?ああ~、ま、色々な」

「そういうことする自分が想像できません」

「なるほど?」

「アンセムは、やっぱりそういうことしたいんですかね?」

(気の毒に…)

カイはアンセムに同情した。
全くテラスは男の生理をわかっていない。

「そりゃ、当然だろうな」

「はぁ…」

暗い表情になるテラス。また黙ってしまった。

「別にアンセムは無理強いはしてこないだろ?」

「はい」

「じゃ、そんなに沈鬱な顔するな」

テラスを慰めるカイ。

「私、やっぱり未だに恋愛が良くわかりません…」

「ああ、でも進歩はしてるだろ」

「そうかなぁ…」

「僕から見たらかなりの大進歩だな。言ってる内容が、以前と随分変わってきてるからな」

「そうですか?」

大進歩と言われても、テラスには実感がない。何か変わっただろうか。

「自分の答えが見つかるまで、じっくり考えるんだな」

カイは助言した。

「いいのかな、それで」

「何だ?問題あるのか?」

「やっぱり、アンセムに応えてあげた方がいいのかなって」

「それ、どういうことだ?」

「だから、少し我慢して、逃げないようにしようと思えばできるかもと…」

「それは違うぞテラス」

カイは表情を固くした。

「テラスの気持ちがなければ意味がない。タキノリの二の舞になるぞ」

辛辣だが、あえてタキノリの名前を出した。

「そ、そうですよね。
でも、正直どうしたらいいかわかりません。そういう感じになると、反射的に逃げちゃうんですよね」

テラスは落ち込んだ。

「いいんじゃないか、それで。もし気持ちがアンセムに向けば、自然と受け入れる気持ちになるだろう。
じっくり考えるんだな。アンセムはいくら待たせても構わないぞ」

確かに、アンセムは待つと言ってくれたが…。

「はい…。でも、いいのかなぁ…」

「いいんだいいんだ」

カイは軽く言う。

「アンセムにとっては、テラスがここまで考えてくれているだけでも本望だろうな」

そして、カイはテラスの頭をポンポンと優しく叩くのだった。