「やった~!可愛くできた~☆」

はしゃいでいるのはテラスの親友アイリだ。

「うんうん。私の見立てに間違いはなかったわ」

テラスをまじまじと見つめて満足気に頷くアイリ。

「なんか、恥ずかしいなぁこれ…」

テラスは居心地が悪くて仕方がなかった。
今日はテラスのお見合いの日。
外出許可のためにお見合いを了承した話を聞いたアイリは、テラスが外出している間に服、靴、アクセサリーをすべて揃えた。頼まれてもいないのに。
アイリの就業教育は服飾デザイン、ファッションは人生の一部である。

アイリが選んだのは、白のワンピース。
上半身部分は身体のラインにスッキリ添う形、スカート部分はふんわりとしていて膝上10cm程度。
アクセサリーは、シンプルなワンピースにぴったりな、ブルーのビーズのネックレスとイヤリング。
靴はベージュのピンヒール。
肩まであるテラスの髪を上手に纏め上げ、靴と同じ色のベージュの花飾りをつけた。
もちろんメイクもする。
テラスのチャーミングポイントである少し大きめな目を引き立てるように、アイメイクはしっかりと。
チークとルージュは控えめにした。

「どーしてテラスってこう恋愛に情熱がないのかな。第二寮の意味とは!?」

「そうなんだけど、なんだか良くわからないんだもん。仕方ないよね」

当事者は他人事だ。

「折角の機会なんだから、少しは頑張ってみなさいってば」

「う~ん」

「私が本気でプロデュースしたんだから、相手の男も食いつくはずよ!」

「はぁ」

(食いつかれてもなぁ…)

テラスは心の中で呟いた。

「ほら、そろそろ時間だよ。はりきって行ってらっしゃい!」

お見合い場所は、寮長他職員が働くブースにある応接室だ。

「は~い」

とりあえずテラスは素直に返事をし、アイリに見送られながら部屋を出た。
職員ブースに入ると、寮長が待ちかねていた。

「ああ良かった。ちゃんと来てくれたのね」

ホッとした表情のリナ。

「約束はちゃんと守りますよ」

テラスは憮然とした。

「今日のテラス、すっごくいいわね!」

そんなテラスにお構いなく、しっかりオシャレした姿を見てリナは満足気に微笑んだ。

「アイリがやったんです」

「そう!彼女のセンスなら素敵なのも当然ね!」

大絶賛。

「さぁ、こっちよ。もう相手の人は来てるから。紹介は部屋でするわね」

歩きながら話しているうちに応接室に到着。
リナがドアをノックすると「はい」と短く男の返事が聞こえた。

(どんな人かな?)

今さら少し緊張するテラス。
やっぱりお見合いなんて条件飲まなければ良かったと思っても後の祭である。
リナが戸を開け応接室に入り、テラスも続いた。
大きなソファとテーブルが置かれた明るい部屋。
ソファの側に、今立ち上がったのであろう、一人の男が立っていた。

「お待たせしてしまったわね」

リナに促されて男の前に移動するテラス。
目の前に立つ男は、知らない顔だった。
サラサラとした少し長めの金髪と、穏やかな深緑の目の持ち主だ。
シャツをさらっとはおっているだけなのに、長身でスラッとした体形に似合いオシャレに見える。
しかも、いい匂いがしてきそうなほど清潔感たっぷりだ。
はっきり言って、男にしておくのがもったいないほどの美貌。

興味のないことはなかなか覚えられないテラスでも、これほどの美貌の持ち主なら、言葉を交わしたことがあれば流石に覚えているはず。
完全に初対面なのだろう。

「こんにちは。テラス。今日はよろしく」

優しく微笑んで挨拶をする男。

(うわ~、この人超モテそうだよな~)

テラスは男をポカンと見つめた。
恋愛に興味がなくとも、人の美醜や異性にモテるタイプかどうかくらいはわかるのだ。

「テラス、紹介するは。彼はアンセム。あなたの1つ年上よ」

「へ?なんですか?」

まったく聞いてなかったテラスは、びっくりしてリナの顔を見る。

「…少し緊張感を持ちなさいよ…」

思わずぼやいてしまうリナ。
そんな二人に笑顔を見せながら、アンセムは紳士的に自己紹介をした。

「初めまして。オレはアンセム。年は二十歳。就業教育はテラスと同じ生物を専攻してる。今日はよろしく」

「は、はぁ…」

「ごめんなさいねアンセム、説明したけど、この子こういう子で」

「いえ」

アンセムはさわやかな笑顔を崩さない。

「ほら、テラスも自己紹介して」

「は、はい…。テラス、と言います。十九歳です。よろしくお願いします」

一応無難な自己紹介をして、テラスはペコリと頭を下げた。

「とりあえず、二人とも座りましょうか」

リナに促され、アンセムとテラスは向かい合わせになって座った。

「今回はお見合いと言っても、特例中の特例だし、まずはお互いゆっくり話をしてもらえればいいですからね。テラス、くれぐれも失礼のないようにね」

「それどーゆー意味ですか」

ムッとするテラス。

「私はこれで席を外すけど、アンセム、あとは願いしますね」

「はい」

今回のお見合いの意義については、すべてアンセムに説明済みである。

「え、もう行っちゃうんですか?」

思わず不安げな声を出してしまうテラス。

「ええ、お見合いですから。じゃぁね」

そう言って、リナは応接室を出て行った。

(行っちゃった…)

パタンとドアが閉まり、何気無くお見合い相手を見ると、バチっと目が合った。
思わずビクっとするテラス。

「そんなに警戒しないでほしいな」

アンセムは苦笑した。
いちいち動作や表情が魅力的である。
なぜ、この人が自分のお見合い相手に選ばれたのだろうか。
疑問に思うテラスだが、話すべき内容は決めてきている。

「あの…」

「ん?」

「この話、なかったことにして良いですから」

「え?」

突然の発言にアンセムは困惑した表情だ。

「適当に時間が経ったら解散しましょう」

「それ、どういう意味かな?」

アンセムは、綺麗な形の眉を顰めた。

「アンセムさん…でしたよね」

「アンセムでいいよ」

「このお見合い、リナさんに頼まれたんでしょう?」

「まぁ、そういうことになるかな」

「どこまで話を聞いているかわからないですが、私のわがままのせいで、不幸にもお見合い相手にされちゃったわけですよね。ホント、申し訳ないです」

「話が見えないんだけど」

「アンセムさんはお見合いが必要なほどリナさんを困らせてないでしょう?私に巻き込まれただけですよね?」

「テラス、なにか誤解をしてないか?」

「誤解?アンセムさんはリナさんからどんな説明を受けているんですか?」

テラスは目の前にいる男が厄介事を押し付けられて困っているのと思い込んでいた。

「アンセムでいいよ。敬語もやめてほしいな」

「そんなこと言われても、初対面の人をいきなり呼び捨てなんてできませんよ」

ふっと表情を緩めるアンセム。

「聞いていた話通りだな」

「何がですか」

「マイペースなところが」

「一体リナさんから何て言われてるんですか?」

「ちょっと変わったタイプの困った女の子がいるから、会ってみてほしいって言われたよ。お見合いの形式をとるけど、難しく考えなくていいとも言われている」

アンセムはかなり端折ってテラスに説明した。
本当はテラスが恋愛に興味がなく、リナがほとほと困っていること。
外出希望などというとんでもないことを言い出したが、これを逆手にとってお見合いする約束にこぎつけたこと。
リナの思惑は見合いを通じてテラスに恋愛への興味を持たせること。
それらの適任としてアンセムを選んだこと。
その他、テラスの今までの行動など、たくさんの情報を聞いている。

「それだけってこと、ないですよね?」

「まぁ、入寮2年目でお見合いはなかなか聞かない話だから、もう少し詳しく話は聞いているけど。外出許可との交換条件、なんだよね」

「はい。私が無茶言ったから、不幸な人が一人出ちゃったわけですよね」

「不幸?」

「だって、22歳を迎えていないのにお見合いだなんて、しかも相手が私なんて不幸じゃないですか。無理矢理頼まれたんですよね?このお見合い」

「無理矢理なわけじゃない。断るのは自由だったよ」

意外過ぎる答えにテラスは驚いた。

「え!?じゃぁ、なんで引き受けたんですか?アンセムさん、すっごくモテそうなのに」

ぶはっと噴出すアンセム。

「な、なんですか」

「いや、失礼…面白いなぁテラスは」

「何がですか」

「オレはテラスのこと知ってたんだよ」

「は?」

テラスはもう一度記憶を振り返る。面識はないはずだ。

「テラス、よく図書館に来ていたよね」

複数ある寮生たちが利用する中央施設の大きな図書館のことだ。
さまざまな分野の本があり、テラスはよく利用していた。

「あそこでたまに見かけたんだ」

「そうなんですか」

「あそこで一生懸命読書してる人が珍しくてね、印象に残ったんだ」

「立派な施設なのに、利用者少ないですからね」

第三寮に入ると、寮生たちはとにかくパートナー探しに必死になる。
就業教育で必要な場合は出向くこともあるが、多くが貸し出しで、図書館に長時間滞在する者は少ない。

「オレが借りようと思っていた本を、テラスが読んでいたことがあったんだ。
かなり細かい分野の本だったから、それを読むテラスに機会があれば話しかけようと思っていたんだけど、図書館で見かけると、いつも熱心に読書してたから邪魔したくなくて、今に至るって感じかな。会食でもタイミングが合わないのか見かけないし。
だから、寮長からこの話を持ち掛けられて快諾したんだ」

「そ、そうなんですか…」

「カイさんから聞いたテラスの話もおもしろかったし」

カイとは図書館の司書である。

「カイさんから何を聞いたんですか?」

「秘密」

「後で聞きだしてやる」

カイと交流が多いテラスは、その性格をよく知っている。
きっと、あることないことおもしろおかしく話したに違いない。

「そんなわけで、今ここにいる」

「要は、おもしろがって引き受けたってことですね」

「あはは。否定はしないよ」

爽やかに笑うアンセム。
この笑顔だけで夢中になる女子寮生は多いだろう。
ところが、恋愛に関して例外中の例外なテラスは安堵した。

「あー、良かった。迷惑かけてなかったんですね」

「当たり前だよ」

「私、自分のわがままで無理矢理お見合い引き受けさせられたと思ってたんです。
アンセムさん、すっごいカッコイイし、こんな人がお見合いだなんて、本当に申し訳ないって」

「カッコイイって言ってくれるんだ」

アンセムは嬉しそうな顔をした。
いちいち女性の心を掴む言動をする。

「アンセムさんは娯楽としてお見合いに参加しただけですから、適当にやっておしまいでいいですよね。ここでもう少し時間つぶしたら解散しましょう」

にっこり笑って言うテラス。

(あ~良かった良かった。厄介な事にはならないみたい)

「ちょっと待ってほしいな」

アンセムは慌てた。

「確かにオレは興味本位だけど、テラスに興味があるわけで、お見合いに興味があったわけじゃないよ」

「はぁ…。でも、アンセムさん、相手に不自由はしないでしょう?べつに私とこれっきりでも何ら問題ないのでは…」

「オレを出会いを大切にする質なんだ。興味深いテラスと出会えたこの機会も大切にしたい」

「何もわざわざ私に興味もたなくったって…」

とにかくこのお見合いでおしまいにしたくって、テラスの口から思わず本音が出た。
恋愛が良くわからない。
良くわからないことは面倒臭いから、できるだけ避けて通りたい。
これがテラスの本音である。

「オレが誰に興味を持とうが、それはオレの自由だよね?」

そんなテラスをいかにも面白そうに眺めるアンセム。
自分に異性としての興味を一切見せないテラスが珍しくてたまらないのだ。

「はぁ。興味あるんですか?」

嫌々な表情を隠しきれないテラス。

「それに、この見合いはテラスの希望を叶えるための交換条件だったんだろう?
オレとしっかり時間を過ごすのは義務じゃないのかな?」

「うっ…」

筋が通った事を言われてテラスは固まった。
根が真面目なので、義務とかルールを言われると反抗しづらいのである。

「せっかくの機会だし、楽しい時間を過ごそう」

爽やかな笑顔が悪魔の微笑に見えたのは気のせいだろうか?

(まさか…この先面倒な展開になったりしないよね…)

テラスは嫌な予感にげんなりした。