「キミ、見ない顔だね?先月入寮してきたのかな?」

声をかけられるのは何人目だろうか。
アンセムは深いため息をついた。
隣の席で、テラスとアイリが必死に笑いを堪えている。

「大人しいんだね。ここで一緒に食べてもいいかな?」

そういって話しかけてきた男は、アンセムの顔を覗き込み固まった。

「…アンセム…」

バレた。

「おまえ、何やってんだ?」

不気味そうに聞いてくる男。
なぜこんなことになったのか。
アンセムはつい先ほどのやり取りを思い出し、もう一度ため息をついた。

図書館での仕事を1日続けたアンセムとテラス。
お互い生物学に精通しており、更に図書館の仕事の手伝いの経験もあったので、作業はスムーズに進む。
途中、興味深い本に出会うと、それについて会話が弾むこともあった。
テラスは敬語と「さん」付けをやめ、2人の会話から堅苦しさはなくなった。
仕事をしつつも、楽しく充実した時間だった。
結局午後4時まで作業をしたあと、とりあえずお互いの部屋に戻った。

夕食を一緒に、というテラスからの可愛いお誘いについては、5時に部屋まで迎えに来てほしいとのことだった。
アンセムは上機嫌だ。
避けられ続けて1週間、仲直りまで相当時間を要すると思っていたが、不本意ながらもカイが与えてくれたきっかけと、節操のない男女のお陰で、早く修復ができた。
やっぱり、テラスとの会話は楽しいのである。

約束の時間ぴったりにテラスの部屋を訪れるアンセム。
ドアをノックすると、テラスがすぐに出てきた。

「迎えに来たよ」

アンセムから自然と笑みがこぼれる。

「いらっしゃい。まだ時間が早いから部屋へどうぞ」

テラスも笑顔だ。
しかも、部屋へ招待してくれた。

「いいのか?」

あれだけ景気していたのに、自分が部屋に入ることをテラスは気にしにのだろうか?

「いーからいーから。どーぞ」

テラスは積極的にアンセムを招きいれる。

「じゃぁ、お邪魔します」

しかし、アンセムが部屋に入ると、もう1人待ち受けていたのだった。

「いらっしゃ~い」

「アイリ?」

そう、アイリである。

「テラス、これはどういうことだ?」

思わずテラスに問うアンセム。
2人きりだと思っていたのに、肩透かしをくらってしまった。

「私の好きにさせてって言ったよね」

テラスは悪魔のような笑みを浮かべたのだった…。

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「冗談じゃない!!!」

アンセムは断固拒否した。
なぜアイリが待ち受けていたのか、その理由がわかったのだ。

「私、お見合いした日から、絶対かわいくなると思ってたんだよね」

しかし、テラスは全く引かないのである。
テラスがアンセムを夕食に誘ったのは、女装させるためだった。
最初にアンセムの綺麗な容姿を見てから、こんな人がもし女性だったらどんなに美人だろうと思っていた。
女装したら、それはそれは美しい女性に変身するに違いないと。
そこで、勝手に人のファーストキスを奪った代償として、女装して食堂で食事をしてもらおうと考えた。
罰ゲームとテラスの妄想の実現の一石二鳥である。

やるとなったら手を抜かないテラスは、アンセムをより美しく変身させるために、アイリに協力を頼んだ。
アイリもノリノリで服やカツラ、メイク道具などを揃えてきたのだ。

「女装なんて絶対イヤだ」

拒否の姿勢を変えないアンセム。

「じゃぁ、許すのもナシ」

平然と言ってのけるテラス。

「アンセム、諦めた方がいいわよ。こういうときのテラスは絶対譲らないんだから。拒否したらまた逃げられるだけよ」

アイリは的確なアドバイスをする。

「いいよ。イヤならバイバイ。部屋から出てって」

テラスはつれない。

(鬼だ)

女装はイヤだ。でも、ふりだしに戻るのも辛い。
アンセムは苦悩した。

「大丈夫。私が可愛くしてあげるから☆」

アイリが嬉しそうに励ます。励ましか?
結局、葛藤の末、アンセムは女装を受け入れたのだった。
許可が出ると、テラスとアイリは楽しそうにアンセムを着飾り始めた。
アイリのセンスの良さには定評があるが、プロデュースされた自分を見て、思わずんっとくしてしまうアンセム。
鏡に映る自分はカンペキな女性、しかも絶世の美女だった。

眉毛を抜いたり切る事だけは絶対に首を縦にしなかったので、形が良く凛々しい眉毛は、カツラの前髪で上手に隠された。
アイメイクで目は可愛らしくパッチリになり、紫のアイシャドウで色っぽさも演出されている。
唇には落ち着いた濃い目の赤いグロスをたっぷりと。
アンセムは男にしては、全体的に細身だが、それでもガッチリとした肩と、女性とは、やはり違う首を、カツラのフワフワとしたウェーブの長い髪で上手に隠している。
身体の線が出ないように、ゆったりとした、少し厚めの布のロングワンピース。
靴はピンヒール。
良くサイズを見つけてきたと感心する。
立ち上がると大女だが、座ればまったくわからない。

「わ~!綺麗~!すご~い!」

拍手喝采のテラス。

「我ながら、力作」

自分の仕事に満足するアイリ。

「アンセムの素材の良さと、アイリの技の結晶だね!」

テラスは2人を大絶賛。
アンセムは褒められても全然嬉しくない。

準備万端となり、3人はそのまま食堂へ行くことにした。
食堂までの道のりでも、男女問わず振り返られたり、二度見されたりした。
食堂に着くと、アンセムは席へ1人で座らされ、テラスとアイリは隣の席に座った。
後から後から男に声をかけられる。
それほどに美しい見た目なのだ。
それを黙殺してやりすごすのだが、稀に、アンセムだと気付かれる。
それが一番イヤだった。
正に罰ゲーム。

ってことで、また正体がバレたのである。
話しかけてきたのは、同学年で、就業科目が同じ友人、エイールだった。

「アンセムだよな?一体なんのパフォーマンスなんだよ」

「頼むから、気にせず立ち去ってほしい…」

血を吐く思いで懇願する。
友人に見つかるのが一番痛かった。

「…わかった」

エイールは、何か止むを得ない事情があるのだろうと察し、アンセムの心からの頼みに応じてくれた。

「テラス、何時になったら開放してくれるんだ?」

隣の席のテラスに問うアンセム。

「う~ん、じゃぁあと15分ね」

さすがにちょっぴり可哀想かな、なんて思うテラス。
しかし、アンセムのモテっぷりは想像以上だった。
男女問わず、誰もが見慣れぬ美女に注目する。
しばらくすると、ミユウがやってきた。

「アンセム、何してるの?」

エイールに話でも聞いたのだろうか。
最初からわかっているようだった。
女友達を2人引き連れている。
ミユウも超美少女。
2人の美女に、更に注目は高まった。

(うっわ~、この人すっごい可愛い~)

ミユウを間近に見るのは初めてのテラスは、彼女の美しさに目を奪われる。

「やっぱり、本物の女の人には敵わないね」

そんなことをアイリに話しかけたが、アイリはちょっと不味そうな顔をしていた。
ミユウがアンセムにとって少し別格なのはアイリも知っていたし、彼女が実はアンセムにとても拘っていると感じていたからだ。
話しかけられたアンセムだが、無言を通した。

「アンセムでしょう?どうしてそんな格好しているの?」

アンセムの向かいに座るミユウ。

「色々な事情があるんだ」

「事情って?そう言えば、今日ずっと部屋にいなかった?」

「話は後にしよう。とりあえず、外してほしい」

女装のアンセムと、絶世の美女ミユウの組み合わせは目立ちすぎる。

「なんで?今知りたい」

「勘弁してくれよ…」

テーブルに突っ伏すアンセム。

「テラス、行こ」

アイリはテラスを促した。

「どうして?」

ミユウに見とれていたテラスがアイリを見る。

「私たちが関わってるってバレたら面倒よ」

テラスに耳打ちするアイリ。
そんな2人のやり取りに気付くミユウ。

「あなたたち、何?」

2人に声をかける。
決して好意的ではない声かけだ。

「うっわ~、綺麗…」

正面から見据えられて、思わず感想を口にしてしまうテラス。
白くて艶やかな肌、大きな瞳、黄金の輝きを持つ髪、そして、彼女にとっても似合う淡いブルーのワンピース。

「いえ、なんでもないです!」

ミユウの問いかけに答えたのはアイリだ。

「テラス行くよ!」

そして、有無を言わさずテラスをひっぱって食堂を出て行った。

「ねぇアンセム、あれは誰?」

本人達がいなくなってしまったので、ミユウはアンセムに聞いた。
しかし、罰ゲームをしかけた2人がいなくったのだから、アンセムがこれ以上食堂にいる理由はない。

「悪い。オレも行く」

これ以上さらし者になるのはまっぴらなので、短くミユウに言って、速攻で食堂を出て行った。

「なんなの?」

取り残されるミユウ。

「私あの子知ってる」

友人の1人、リノが言った。

「ほら、前に食堂でアンセムが話しかけたって子よ」

「ああ、少し噂になってたよね」

もう1人の友人であるフィリアが相槌を打つ。

「確か名前はアイリよ。でも、あの子はもうお相手が決まってるみたいだし、ミュウが心配するようなことはないはずよ。
そもそも、ミュウの方がず~っと綺麗で魅力的だし、敵じゃないわよ」

あのときアンセムはテラスに話しかけたのだが、テラスはすぐに食堂を後にし、その後アンセムはアイリとライキスと話していた。そのため、アンセムが話しかけたのはアイリと認識されてしまったのだ。
また、ごく普通の見た目のテラスより、長身でスタイルとセンスの良いアイリの方がアンセムに釣り合うという、周囲の勝手な思い込みもあるだろう。

しかし、ミユウはアンセムが話しかけた相手がテラスであると知っていた。
お見合いの日、アンセムとテラスが喫茶室で話をしているのを偶然見たからだ。
アンセムが他の誰かと会話するのはよくあることだが、何かが引っかかった。
ミユウが見たことのない表情をアンセムはしていた。
だから、あの後アンセムの部屋でずっと待っていたのだ。
そして、さっきの2人のうち1人が、その時の相手だった。

「私、アンセムの部屋へ行くわ」

そう言って、ミユウは2人をおいて食堂を後にした。