「(……多分、どこも抜けてない……)」
ヒナタは驚きを通り越して呆れていた。葵が作成した資料は、どこも間違っていなければ抜けてもいなかったのだ。それこそ、一言一句違わず。
「はあ。はあ……っ」
「……あんた。保健室行ってくれば」
確認している間、ずっとつらそうに呼吸を繰り返す葵に、ヒナタは堪らず告げた。けれど葵は、頑なに首を振るばかり。
「もう、時間ないでしょう? 大丈夫だったなら、待たせてしまうのは失礼だ。早く説明を――」
「その状態で何言ってんの。ここはオレがやっとくから、あんたは少し休んで」
「ヒナタくん」
最後まで言い切る前に、咎められるような声で遮られる。
「……っ、何だっていうのさ」
「本番ではわたしが指示係の責任者だ。いないと相手を不安にさせてしまうよ。……大丈夫。説明が終わり次第休むから」
どうやら折れる気は更々ないらしい。
「……はあ。わかった。つらかったら絶対言って。椅子に座りながら説明させてくれって、先に断っててもいいんだから」
「そうだね。……じゃあ、行こうか」
そう言って葵は壁に手をつきながら、ゆっくりと起き上がる。
「(フラフラじゃん。どうしてそこまで……)」
しかし、壁伝いに視聴覚室へと入った葵は、そんな様子を微塵も感じさせないよう姿勢を正し、表情にも出さない。ヒナタの提案も初めからする気はなかったのか、ずっと立ったままで当日の動きや事前のグラウンドの準備などを説明していった。
「(そういえばオレ、こいつの“こっちの顔”はあんまり知らない)」
葵はというと、説明の中に冗談を交えながら、自然と彼らとの距離を縮めていっている。でもその顔には常に、彼女お得意の“仮面”が着けられていた。
「(――ッ!? ……なにっ?)」
――その時だ。視聴覚室で、誰かからの嫌な視線を感じた気がしたのは。



