記憶を消される前に、皇を飛び出した。そこからは、どうやって逃げたのか覚えてない。
でも逃げたところで、きっとすぐに見つかる。こんなのほんの一瞬の時間稼ぎにしかならない。
そう思っていたあの時、俺を助けてくれたのは葵だった。
葵が俺のことを、道明寺に頼んで執事にしてくれて、頼んだら俺自身のことを隠してくれた。
だから、本当にお前には感謝してるんだ。ここまで何もしないまま、ただ幸せに生きてこられたのはお前のおかげだから。
実は仕事の合間にさ、皇のことを調べていたんだ。
俺がいなくなったせいで、アキが次期当主に選ばれてしまったこと。母さんが死んだことも、知ってた。
それでもやっぱり、俺は皇を逃げ出した奴だから。ほっといて逃げた奴だから。俺なんて、ずっと前から嫌われてるだろうと思って、今まで助けてやれなかった。
「でもね葵、俺頑張るよ。今までずっと、逃げてきた分」
あいつを止める。絶対に。だってあいつは、俺の大事な家族で、俺はあいつの大好きな兄だから。
「だから葵、俺に踏み込んできてくれてありがとう」
「そんなことお安いご用だよ。だってシントは、わたしの家族なんだから! ……わたしも、アキラくんを止めるよ。今度、みんなでお母様のお墓参りに行こうね」
シントは心底嬉しそうに笑った。
「……ありがとう。葵」
溜まっていた涙が、目蓋を下ろしたと同時に頬を伝って落ちて行った。



