すべてはあの花のために②


「シントの消息が掴めないよう、こっちで手を回したね。シントには、見つかってしまうと怖い人がいたから」

「…………」

「シントはただ、嫌われるのが怖いんだよね。ううん、もしかすると、もう嫌われてるかも知れないって思ってる」


 シントは壁にもたれかかり、ぐったりと座り込む。葵はそんな彼の前に座り、両頬を持って目線を合わせた。


「……シント? たとえお母様が違ったとしても、あなたはアキラくんのお兄ちゃん。アキラくんが大好きな、『シン兄』なんだよ」

「――っ」

「もうアキラくんはおかしくなってる。ぼうっとしてる時に呟くんだよ、シン兄って。……嫌いな人の名前なんか呼ばない。両親じゃなくて、アキラくんが呼ぶのは、助けて欲しいのは、シン兄だけなんだよ!」

「――! でも、俺はっ」

「アキラくんは自分をずっと責めてる!」


 母さんを殺してしまったのは俺のせいだ。
 父さんを壊してしまったのは俺のせいだ。
 シン兄がいなくなったのは、俺のせいだ。


「だから、上からの命令を止められない。拒否できない」

「……違う。アキのせいじゃない。俺が、逃げたから……」

「理由はそうじゃない。あなたの家族は、誰も悪くない。そうでしょう?」


 悪いのは、誘拐を企てた犯人だ。
 記憶を消そうなんて言い出した愚かな皇だ。


「アキラくんには今、きっとあなたの声しか届かないの」

「…………」

「大丈夫? できそう? ……言えないならわたしが――」

「いや言うよ。……俺が言う」

「……引き摺ってでも連れて行くぞって、言おうとしただけだから、あなたに言わす気満々だったけどね」

「……は。はは……」


 シントは大きなため息を吐いた。
 葵はそんなシントの頭をゆっくり撫でる。


「偉いね。よくできました」

「……っはあ……」


 彼が吐くため息は、少し涙声だった。