すべてはあの花のために②


「――は? いきなり何?」

「だから、シン兄じゃないとダメだって言って」

「はっ、何言ってるの。俺は葵の兄ちゃんじゃない」

「音だけ聞いて、よく『兄』だってわかったね」


 シントはぐっと口を噤んだ。動揺を隠すように。


「……ねえシント。そろそろ聞いちゃダメかな。シントの名字」

「言わないよ」

「言えないんじゃなくて?」

「言う必要がない」


 これ以上の会話を拒否するよう、立ち去ろうとする彼の執事服を慌てて掴む。


「わ、わたしの友達がね、今大ピンチなんだ。それにはシントの協力が必要不可欠で」

「それに名字関係なくない?」

「……じゃあシントはいいの? このままで」


 彼は振り返らない。だからどんな表情をしているのかわからないけれど。


「……シントに会ったのは、わたしが小5の時だったね」

「……めて」

「どこだったか。どっかの潰れた工場で会ったんだよね」

「やめて」

「その時シント、ボロボロだったんだよね。よくわたしもそんなとこ行ったなって思うけど」

「……葵」

「あれは確か4月だった。だから、会った日をシントの誕生日にして、毎年お祝いしたよね」

「葵、お願いだから――」

「『皇 信人(すめらぎ しんと)』」

「――ッ!」

「あなたはここで、ナーナーと生きていくのか」


 でも、このままじゃダメだと思ってくれてること。
 ちゃんと、わかってるから。


「わたしは別に、過去が知りたくてシントを呼んだんじゃない。今、彼を止めてあげられるのがあなたしかいないから呼んだのっ!」


 だからもう、隠さなくていいの。
 たまには自分に、正直になっていいんだよ。