「――は? いきなり何?」
「だから、シン兄じゃないとダメだって言って」
「はっ、何言ってるの。俺は葵の兄ちゃんじゃない」
「音だけ聞いて、よく『兄』だってわかったね」
シントはぐっと口を噤んだ。動揺を隠すように。
「……ねえシント。そろそろ聞いちゃダメかな。シントの名字」
「言わないよ」
「言えないんじゃなくて?」
「言う必要がない」
これ以上の会話を拒否するよう、立ち去ろうとする彼の執事服を慌てて掴む。
「わ、わたしの友達がね、今大ピンチなんだ。それにはシントの協力が必要不可欠で」
「それに名字関係なくない?」
「……じゃあシントはいいの? このままで」
彼は振り返らない。だからどんな表情をしているのかわからないけれど。
「……シントに会ったのは、わたしが小5の時だったね」
「……めて」
「どこだったか。どっかの潰れた工場で会ったんだよね」
「やめて」
「その時シント、ボロボロだったんだよね。よくわたしもそんなとこ行ったなって思うけど」
「……葵」
「あれは確か4月だった。だから、会った日をシントの誕生日にして、毎年お祝いしたよね」
「葵、お願いだから――」
「『皇 信人』」
「――ッ!」
「あなたはここで、ナーナーと生きていくのか」
でも、このままじゃダメだと思ってくれてること。
ちゃんと、わかってるから。
「わたしは別に、過去が知りたくてシントを呼んだんじゃない。今、彼を止めてあげられるのがあなたしかいないから呼んだのっ!」
だからもう、隠さなくていいの。
たまには自分に、正直になっていいんだよ。



