買い物も無事に終わり、少しだけ三人でお茶をすることに。
「それで? アンタ、海自体は行ったことあるの?」
ブラックコーヒーに顔を顰めていた葵は慌てて顔を戻し、一呼吸置いてから答えた。
「……そう、ですね。遊んだことはない、かな?」
「あっちゃんっていっつもブラックだよね? 何も入れなくて大丈夫?」
「え? あ、うん。わたしはこれでいいんです。気にしてくれてありがとう」
きっと表情を見られていたのだろう。気を引き締めなければ。
「そういえば、理事長のプライベートビーチってどこにあるんですか?」
「言ってなかったっけ? 熱海だよー」
「……わたし行ったことないや。楽しみだね!」
「そうだね!きっと楽しいこといっぱいあるよー!」
その後帰り道にあるキサ宅へ彼女を送り届け、葵は現在ツバサに家まで送ってもらっている。
「ツバサくん今日は本当にありがとう。おかげでかわいい水着が選べました」
「それならよかったけど……ねえ。アンタどうしたの」
「何のことですか? 確かに、服を選んでる最中にいろんなところ行ったツバサくんを止めるのは大変でしたけど」
「それは悪かったわ。どうしてもかわいいものを見ると反応してしまうのよ」
「確かに今思えば、ツバサくんが持ってたのはかわいいものばっかりでしたね」
「それについては気をつけておくけど」
ツバサは、静かに足を止めた。数歩先へ進んだ葵は、どうしたのかと振り返る。微笑みの仮面をつけて。
「……本当に、どうしたのよ」
「何がですか?」
「それを言わないといけないほど、アンタは馬鹿じゃないでしょう」
彼は尋ねた。海に行きたくないのかと。
「……行きたいよ」
「だったらどうして」
「どう言葉にしたらいいかわからないんだけど……なんか、この辺りがあたたかくて」
そう言って葵は、自分の胸に手を当てる。
「みんなで行けるんだと思ったら嬉しくって。……多分、実感してたんだと思うの。だから、そんな深刻そうな顔することじゃないよ? 誘ってくれてありがとう。それから今日も送ってくれてありがとね」
だからこの話は終わりと、言外にそう意味を込める。
そして他愛ない話をしていたら、すぐ道明寺に着いた。
「それじゃあツバサくん、夜道には気をつけて。わたしみたいな変態さんがいるかもしれないからね!」
「わかったわ」
「ええ!? 否定してよう!」
「否定する要素がないわよ」
「マジか(シクシク)」
葵は泣き真似をしながら、だんだんとツバサから遠ざかる。
「それじゃあねツバサくん、また熱海行く日に!」
葵は手を振りながら、門の前に立つ。門が開くのを待っている間、ツバサはそこから動こうとしなかった。
「(だ、だめなんだよ。これ以上は……っ)」
今日に限って、どうして認証に時間がかかるのと、焦っていた時だった。
「――……葵」
彼に、名前を呼ばれたのは。



