皇はまず、旦那様の記憶を消した。おかげで日頃暴れることは無くなったが、一気に消してしまったせいで、彼は廃人のようになってしまった。
それと同様に『あいつ』の記憶も消すことを試みたらしい。でも、あいつは頭がよかったから、どこかでそれに気がついたんだろう。
いつの間にか、あいつはここから消えていた。
皇は血眼になって捜したが、それでも消息は掴めなかった。
そしてやむなく次期当主に名が挙がったのが、まだ幼かったアキだった。
しかし皇は、アキもあいつ同様逃げ出すのを恐れた。そこでアキを責めでもしたんだろう。
『こうなってしまったのはお前のせいだ』
『お前が全て悪いから、旦那様もこんなことになってしまったんだ』
……全ての責任を、あいつに擦り付けた。
そしてやさしいあいつは、責任を感じて逃げないことを誓った。
これ以上黙ってられるかと、流石に止めようとした。父親ならきっと止められるはずだと、廃人になってもほんの一時話すことができた旦那様に頼み込んだ。でも返ってきたのは、『こんな奴のことなんか忘れた方がいい』なんて情けない言葉で。アキを止めもしなかった。
どうすることもできないまま、皇の奴らは、旦那様のような廃人にしてしまわないよう、アキの記憶を消すためにまずは『体に慣らすこと』から始めた。そして、少しずつ少しずつ、記憶を消していく。当主に必要なこと以外の、すべてを。
最近アキの様子がおかしいのは、その時期が来たからだろう。
「俺が話せるのはここまでだ。あとは『あいつ』に聞くか、お得意の予想でもしてくれたらいい」
黙っていた葵に、カエデはふっと自嘲の笑みを浮かべた。
「どうした。何か不満か」
「いえ。話さないと言った割に、結構話してくださったんだなと思いまして」
そう言いながら、葵はにっこり笑って左耳を触る。カエデは、息をのんでいた。



