静かに宥められて、葵は小さく息を吐くように続ける。
「……彼は、もう時間がないのだと言っていました」
「そうだろうな」
「…………」
「お嬢ちゃんが知ってるのはここまでか? それだったら俺は何も言わない。お嬢ちゃんに、あいつは止められないと思うからな」
「では、ここからは少し踏み込んでいきますね」
そう言うや否や、彼は見定めるようにすっと目を細めた。
「どうして止めないのかと聞いたら、アキラくんはこう言っていました」
『あの人は許してくれない』……と。
「この人に、お心当たりは?」
「よく知ってるよ」
「よくご存じなのに、あなたもその方には言えない。そんなことやめてくれと」
その問いに、カエデは無言を返した。
「わかりました。では、その方は『 』でしょうか」
「――!」
アキラと同様、その言葉を口にしただけで、彼は目に見えてわかるほど動揺していた。
「……どうして、お嬢ちゃんがそいつを知っている」
「その問いに答える前に一つ。『あの人』と『 』は、同一人物でしょうか?」
「んや。それは違う」
「それを聞いて安心しました。アキラくんは『 』が大好きだったと、トーマさんから伺っていたので」
「……お嬢ちゃんは、どうして……」
「……知っているのは、アキラくんがぼうっとしている時に、時々それを口に出すからです」
彼は腑に落ちたように「そっか」と苦笑を浮かべていた。
「恐らく『あの人』とは皇の関係者。それもトップクラスの地位を持っている方。違いますか?」
「…………」
「でもあなたは何も言えない。それはきっとあなたの『雇い主』だから。……ねえカエデさん。アキラくんは、何のためにそんなことになっているんですか」
「それは言えないんだ。ごめんな」
彼の声は、苦しそうだった。もどかしそうだった。
「……アキラくんが、記憶をなくしてしまっても?」
「っ。……もう、そこまできてるのか」
「現に一番関わりの少ないわたしは、すでに一度彼に忘れられました。なんとか思い出してくれましたけど」
その時彼は、怖かったと言った。
見て見ぬ振りをお願いして説得された時は、泣いたそう。あの彼が。
「滅多に表情を変えない彼を、そうさせてしまったのは何が原因なんですか」
「……ッ」
「カエデさんも心配なんですよね。だからわたしが何とかしようと思ってきたんです。あなたではできないことを、わたしがしに来たんです。ですから……ほんの少しでもいい。話をしていただけませんか」
「……どうしてお嬢ちゃんは、危険なことをしようとする」
やっぱり……そっか。
「これは、危ないことなんですね」
「……俺も、話せることは少ない。それでもいいか」
葵は聢と頷いた。「もちろんです」と。



