すべてはあの花のために②


 静かに宥められて、葵は小さく息を吐くように続ける。


「……彼は、もう時間がないのだと言っていました」

「そうだろうな」

「…………」

「お嬢ちゃんが知ってるのはここまでか? それだったら俺は何も言わない。お嬢ちゃんに、あいつは止められないと思うからな」

「では、ここからは少し踏み込んでいきますね」


 そう言うや否や、彼は見定めるようにすっと目を細めた。


「どうして止めないのかと聞いたら、アキラくんはこう言っていました」


あの人(、、、)は許してくれない』……と。



「この人に、お心当たりは?」

「よく知ってるよ」

「よくご存じなのに、あなたもその方には言えない。そんなことやめてくれと」


 その問いに、カエデは無言を返した。


「わかりました。では、その方は『   』でしょうか」

「――!」


 アキラと同様、その言葉を口にしただけで、彼は目に見えてわかるほど動揺していた。


「……どうして、お嬢ちゃんがそいつを知っている」

「その問いに答える前に一つ。『あの人』と『   』は、同一人物でしょうか?」

「んや。それは違う」

「それを聞いて安心しました。アキラくんは『   』が大好きだったと、トーマさんから伺っていたので」

「……お嬢ちゃんは、どうして……」

「……知っているのは、アキラくんがぼうっとしている時に、時々それを口に出すからです」


 彼は腑に落ちたように「そっか」と苦笑を浮かべていた。


「恐らく『あの人』とは皇の関係者。それもトップクラスの地位を持っている方。違いますか?」

「…………」

「でもあなたは何も言えない。それはきっとあなたの『雇い主』だから。……ねえカエデさん。アキラくんは、何のためにそんなことになっているんですか」

「それは言えないんだ。ごめんな」


 彼の声は、苦しそうだった。もどかしそうだった。


「……アキラくんが、記憶をなくしてしまっても?」

「っ。……もう、そこまできてるのか」

「現に一番関わりの少ないわたしは、すでに一度彼に忘れられました。なんとか思い出してくれましたけど」


 その時彼は、怖かったと言った。
 見て見ぬ振りをお願いして説得された時は、泣いたそう。あの彼が。


「滅多に表情を変えない彼を、そうさせてしまったのは何が原因なんですか」

「……ッ」

「カエデさんも心配なんですよね。だからわたしが何とかしようと思ってきたんです。あなたではできないことを、わたしがしに来たんです。ですから……ほんの少しでもいい。話をしていただけませんか」

「……どうしてお嬢ちゃんは、危険なことをしようとする」


 やっぱり……そっか。


「これは、危ないことなんですね」

「……俺も、話せることは少ない。それでもいいか」


 葵は聢と頷いた。「もちろんです」と。