――だーんっ!
カエデの頭にはハテナがいっぱいである。葵が勝手に、握り合った手で腕相撲をしたから。
「……は?」
「あれ? カエデさん腕相撲弱いんですね」
「いやいやお嬢ちゃん。その勝負をするって言ったわけじゃねえんだけど」
「知ってますよ?」
「は? じゃあどういう意味で――」
「わたしは何があっても負けないので、ということです。たとえズルしたって何したって、最後に勝つのはわたしです」
「……は」
その呆れた笑いを皮切りに、カエデはとうとう大爆笑し始めてしまった。
葵はというと、何せ大真面目にこのことを言っているので、どうして笑われているのかわけがわからない。
「お嬢ちゃん面白いな。……よし。じゃあ俺も頑張ろうか。それで、俺に聞きたいことって?」
「そうですね。まずは――――」
そうしてようやく本題に入る。
「わたしはアキラくんとも友達なのですが。彼の様子が最近おかしかったので、心配になって今回こちらへ参りました」
「それで? アキの奴がどうおかしかったって?」
「わたしは昔のアキラくんを知っているわけではないので、わたしの知っている範囲で言うならば……」
最近、ぼうっとしていることが多いこと。食事を摂るのも忘れてよく眠ること。そして、惚けていること。
「そうなっている原因を尋ねましたが、彼は教えてくれませんでした。俺にはこうすることしかできないからとだけ。あなたも、彼がそうなっている原因をご存じなんですよね?」
「そうだな」
「どうして彼を止めないんですか」
「俺は雇われている身だ。俺にはどうすることもできない」
「……止めたいとは、思っていらっしゃるんですね」
「できることなら」
「……なら、よかったです」
少なくともあなたは、味方だとわかったから。
「教えてもらったことがあります」
小学校を卒業する時、彼はみんなにこう言った。『俺はある時からおかしくなってしまうかもしれないが、見て見ぬ振りをしてくれ』と。そうして彼は、中学に上がってからおかしくなった。
「あなたもご存じですね」
「そうだな」
「今まで食べてこなかった甘いものを食べるようになった。確か中学の検診で、糖尿病になりかけたと聞いたんですけど」
「ははっ。ああ、そんなこともあったな」
「笑い事じゃないですよ! 糖尿病って一度罹ったら治らないし!」
「取り敢えずは大丈夫だったから気にするな」



