「まあそれもわたしが彼のことを止められなかった場合だけですし、そうするつもりは毛頭ありません」
「俺は何をすればいいのかな」
「トーマさんは動かなくて大丈夫です」
「さっき、わたしたちって言ったのに?」
「もうご存じなんでしょう? 理事長の願いを」
トーマは驚きで目を見開いた。動揺で、紙皿に乗っていた割り箸が地面に落ちる。
「……どうして君がそれを知ってるの」
「知りませんよ。ただ鎌を掛けただけで」
「君って子は……」
やれやれと、半ば呆れた様子で彼は無様に落ちて行ったそれを拾っていた。
「実はわたし、持ってる手札が少なくて。少しでもそれを手元に置いておきたいんです」
「……それで、俺がいつまでこっちにいるか知りたいと」
「はい」
「残念だけど、明後日には帰るよ」
「それは……寂しいですね」
「じゃあいっそのこと願いは諦めて、俺と徳島に帰る?」
「帰りません。やめてください」
「いてて。いいじゃんちょっとくらい」
腰を引き寄せられそうになったので、手癖の悪い甲は取り敢えず抓っておいた。
「理由はわかったけど、葵ちゃんは俺がいる間に何をしようとしてるの」
「まずは情報集めを。これだけの手札では、動くに動けないので」
「普通に考えて、みんなの方がよく知ってるでしょ。俺の方が情報少ないかもしれないよ?」
「それはないかなと。そうだとしても、きっと知っていることがあると思います。彼らが気づけなかった、年上のあなたなら」
そう言い切ると、彼は少しだけ嬉しそうに「言ってくれるじゃん」と頬を緩めた。
「じゃあ秋蘭だけね」
「というと?」
「久々にみんなに会ったら、みんながみんなおかしかったから。まあある程度のことは予想つくし、今回は秋蘭だけ教えるよ」
「それも願いだしね」と、トーマは未だ楽しそうにはしゃいでいるみんなに、目を細めていた。
「頼んでおいて何なんですけど、本当に教えてくれるんですか?」
「教えないと思った? 俺も葵ちゃんに救われた一人なのに」
「タダで教えてくれると思ってなかったので」
「え? キスしてくれるの」
「しません」
「残念。でも大丈夫。ちゃんと教えるよ。……もう先払いしてもらったしね」
「先払い、ですか?」
「葵ちゃんは知らなくていいこと。……そうだね。秋蘭の話かあ」
そうして彼は、葵が知らない話を少しだけ話してくれた。
「言っておくけど、俺も全てを知ってるわけじゃないし、俺の推測で話すこともあるから、全部を信用はしないでね」
「はい。それはもちろんです」
「俺が知ってる秋蘭は、あんなに甘いものは食べていなかった。寧ろ嫌いな部類だったと記憶してる」
「それは聞きました。おかしくなる最初の前兆がそれだったと」
「そうなんだ? でも俺がいた時にはもう、少しおかしくなったと思うけど」
「え?」



