すべてはあの花のために②


「まあそれもわたしが彼のことを止められなかった場合だけですし、そうするつもりは毛頭ありません」

「俺は何をすればいいのかな」

「トーマさんは動かなくて大丈夫です」

「さっき、わたしたちって言ったのに?」

「もうご存じなんでしょう? 理事長の願いを」


 トーマは驚きで目を見開いた。動揺で、紙皿に乗っていた割り箸が地面に落ちる。


「……どうして君がそれを知ってるの」

「知りませんよ。ただ鎌を掛けただけで」

「君って子は……」


 やれやれと、半ば呆れた様子で彼は無様に落ちて行ったそれを拾っていた。


「実はわたし、持ってる手札が少なくて。少しでもそれを手元に置いておきたいんです」

「……それで、俺がいつまでこっちにいるか知りたいと」

「はい」

「残念だけど、明後日には帰るよ」

「それは……寂しいですね」

「じゃあいっそのこと願いは諦めて、俺と徳島に帰る?」

「帰りません。やめてください」

「いてて。いいじゃんちょっとくらい」


 腰を引き寄せられそうになったので、手癖の悪い甲は取り敢えず抓っておいた。


「理由はわかったけど、葵ちゃんは俺がいる間に何をしようとしてるの」

「まずは情報集めを。これだけの手札では、動くに動けないので」

「普通に考えて、みんなの方がよく知ってるでしょ。俺の方が情報少ないかもしれないよ?」

「それはないかなと。そうだとしても、きっと知っていることがあると思います。彼らが気づけなかった、年上のあなたなら」


 そう言い切ると、彼は少しだけ嬉しそうに「言ってくれるじゃん」と頬を緩めた。


「じゃあ秋蘭だけね」

「というと?」

「久々にみんなに会ったら、みんながみんなおかしかったから。まあある程度のことは予想つくし、今回は秋蘭だけ教えるよ」


「それも願いだしね」と、トーマは未だ楽しそうにはしゃいでいるみんなに、目を細めていた。


「頼んでおいて何なんですけど、本当に教えてくれるんですか?」

「教えないと思った? 俺も葵ちゃんに救われた一人なのに」

「タダで教えてくれると思ってなかったので」

「え? キスしてくれるの」

「しません」

「残念。でも大丈夫。ちゃんと教えるよ。……もう先払いしてもらったしね」

「先払い、ですか?」

「葵ちゃんは知らなくていいこと。……そうだね。秋蘭の話かあ」


 そうして彼は、葵が知らない話を少しだけ話してくれた。


「言っておくけど、俺も全てを知ってるわけじゃないし、俺の推測で話すこともあるから、全部を信用はしないでね」

「はい。それはもちろんです」

「俺が知ってる秋蘭は、あんなに甘いものは食べていなかった。寧ろ嫌いな部類だったと記憶してる」

「それは聞きました。おかしくなる最初の前兆がそれだったと」

「そうなんだ? でも俺がいた時にはもう、少しおかしくなったと思うけど」

「え?」