すべてはあの花のために②


「アキラくん。わたしの名前は、あおいって言うんだよ」

「……あおい?」

「そう。何か、思い出せるかな?」


 目を閉じた彼は、頭の中にある引き出しを開けては閉めていく。


「………………変態?」

「いや、どうしてそれが一番なの……」

「それから……下僕? いや、雑用係……」

「うん。そう思われてたことは悲しいけど、この際よしとしよう」

「生徒会……Sクラス……」

「うん。それから?」

「……――!」


 葵と目が合うと、彼は悲しそうに表情を歪めた。


「……友達。っ、仲間だっ」

「思い出した?」

「ん。……葵、忘れて。ごめん」

「わたしは大丈夫だよ。……アキラくんは、どんな気分?」

「……怖かった」

「それなのにアキラくんは、それを受け入れちゃうんだね」

「……俺には……」

「うん?」

「……俺には、こうすることしか。できないから」


 悔しそうに俯くアキラへ、諭すように尋ねる。違う方法はないのかと。


「……それを、あの人は許してはくれない」

「あの人? もしかして『   』のこと?」


 葵はただ、聞いてみただけだった。
 やさしそうに呼ぶ、その人のことを。本当に、何の気なしに。


「――!? ど、どうしてそれを、葵が知っているんだ!」

「えっ? あ、アキラくん?!」


 いきなり肩を掴まれ、強く揺らされて後退る。
 灰色の瞳は、酷く怯えているようだ。


「なんで……どうしてそれを。お前が……ッ」


 小さく身を縮めながら、彼は左耳を押さえて葵と距離を取ろうとする。パニックになっているのか、葵と目を合わせようとしない。


「あ、アキラくん。ちょっと落ち着いて――」


 しっかり目を見て話そうと、両手を彼の顔へと持って行こうとした。けれど弾かれるように、葵の右手は彼の左手によって大きく叩かれる。


「あきら、くん……」


 動揺に、思わず後ずさる。後ずさって、足が地面につかなくて。おかしいなと思った矢先、気付いた時にはもう、体が傾いて海へと投げ出されていた。


「――ッ!? 葵!!」


 いち早く気付いたアキラの手が、必死に伸ばされる。けれど葵は、それを掴むことができず、洞窟の崖から落ちて海の中へと飲み込まれていった。