「アキラくん。わたしの名前は、あおいって言うんだよ」
「……あおい?」
「そう。何か、思い出せるかな?」
目を閉じた彼は、頭の中にある引き出しを開けては閉めていく。
「………………変態?」
「いや、どうしてそれが一番なの……」
「それから……下僕? いや、雑用係……」
「うん。そう思われてたことは悲しいけど、この際よしとしよう」
「生徒会……Sクラス……」
「うん。それから?」
「……――!」
葵と目が合うと、彼は悲しそうに表情を歪めた。
「……友達。っ、仲間だっ」
「思い出した?」
「ん。……葵、忘れて。ごめん」
「わたしは大丈夫だよ。……アキラくんは、どんな気分?」
「……怖かった」
「それなのにアキラくんは、それを受け入れちゃうんだね」
「……俺には……」
「うん?」
「……俺には、こうすることしか。できないから」
悔しそうに俯くアキラへ、諭すように尋ねる。違う方法はないのかと。
「……それを、あの人は許してはくれない」
「あの人? もしかして『 』のこと?」
葵はただ、聞いてみただけだった。
やさしそうに呼ぶ、その人のことを。本当に、何の気なしに。
「――!? ど、どうしてそれを、葵が知っているんだ!」
「えっ? あ、アキラくん?!」
いきなり肩を掴まれ、強く揺らされて後退る。
灰色の瞳は、酷く怯えているようだ。
「なんで……どうしてそれを。お前が……ッ」
小さく身を縮めながら、彼は左耳を押さえて葵と距離を取ろうとする。パニックになっているのか、葵と目を合わせようとしない。
「あ、アキラくん。ちょっと落ち着いて――」
しっかり目を見て話そうと、両手を彼の顔へと持って行こうとした。けれど弾かれるように、葵の右手は彼の左手によって大きく叩かれる。
「あきら、くん……」
動揺に、思わず後ずさる。後ずさって、足が地面につかなくて。おかしいなと思った矢先、気付いた時にはもう、体が傾いて海へと投げ出されていた。
「――ッ!? 葵!!」
いち早く気付いたアキラの手が、必死に伸ばされる。けれど葵は、それを掴むことができず、洞窟の崖から落ちて海の中へと飲み込まれていった。



