葵の動揺を察してか、彼は〈おれは全部知ってるわけじゃないんだ〉と。続けて〈ごめんね あんまり役には立てないかも〉と、断りを入れて、彼はそれを書いた。
〈あっくんにはもう、時間がないんだと思う〉
だからあんなに眠いんだと。それから忘れてしまうんだと。
おれらはあっくんにそうあって欲しくない。でも、何回言ってもダメだった。あっくんはこれでいいんだって言ってた。
〈あーちゃん あっくんを 助けてあげてほしいんだ〉
願いを――書き続けた。
「――お、オウリくん!」
葵は急いで彼に歩み寄り、体ごと抱き締めてあげた。目の前の彼から、ぽつぽつと涙が零れていたから。
彼から声は漏れなかったが、涙で砂が少しずつ濡れていく。静かに涙を流し続ける彼の背中をしっかり撫でてあげた。
「(そっか。君も…………『おれ』って言うんだね、自分のこと)」
((シリアスな場面で突っ込むのそれ? まあ気にならんこともなかったけど))
「(だってみんな『おれ』じゃん? 理事長だけだよ『私』と『ぼく』って言ってるの。このかわいい容姿でさ、しかも理事長と従兄弟っていうんだからさ、『ぼく』って言うと思うじゃない? まあ別に、みんな『おれ』だったからって、ちょっとショック受けてるなんてことは全然――)」
((あるんでしょ。『この子だけは!』って思ったんでしょうどうせ))
「(理事長しかいないとか嫌じゃない?)」
((まあ、彼もあれでかわいいところもあるから、少しくらい妥協しなよ))
「(しょうがないなあ)」
撫で続けてあげると、彼はゆっくり顔を上げる。
『もうだいじょうぶだよ』
そんな表情をしていても、睫はしっかり濡れていて。それがあまりにも切なく見えて。ツバサのようにできるかはわからなかったけれど、彼が安心できるように、ぎゅっと頭を抱えるように抱き締める。
「――?!?!」
けれど彼が暴れ始めて、すぐに抱擁は解かれた。よく見ると彼の顔は真っ赤になっている。
「ご、ごめんっ! 苦しかった? 嫌だったよね!」
そう言うと彼は慌てたように首を振って、〈ちょっとおどろいただけ! だからいやじゃないよ?〉と教えてくれた。
続けて彼は、にっこり笑ってくれた。
〈聞きたいこと あるんでしょ?〉
「……オウリくん。湯冷め、かなり前からしてるとは思うんだけどさ、少しだけ聞いてもいい?」
彼はゆっくりと頷いてくれた。
さあ、彼にも踏み込む時が来たようだ。



