すべてはあの花のために②


 葵の動揺を察してか、彼は〈おれは全部知ってるわけじゃないんだ〉と。続けて〈ごめんね あんまり役には立てないかも〉と、断りを入れて、彼はそれを書いた。


〈あっくんにはもう、時間がないんだと思う〉


 だからあんなに眠いんだと。それから忘れてしまうんだと。
 おれらはあっくんにそうあって欲しくない。でも、何回言ってもダメだった。あっくんはこれでいいんだって言ってた。


〈あーちゃん あっくんを 助けてあげてほしいんだ〉


 願いを――書き続けた。



「――お、オウリくん!」


 葵は急いで彼に歩み寄り、体ごと抱き締めてあげた。目の前の彼から、ぽつぽつと涙が零れていたから。
 彼から声は漏れなかったが、涙で砂が少しずつ濡れていく。静かに涙を流し続ける彼の背中をしっかり撫でてあげた。


「(そっか。君も…………『おれ』って言うんだね、自分のこと)」

((シリアスな場面で突っ込むのそれ? まあ気にならんこともなかったけど))

「(だってみんな『おれ』じゃん? 理事長だけだよ『私』と『ぼく』って言ってるの。このかわいい容姿でさ、しかも理事長と従兄弟っていうんだからさ、『ぼく』って言うと思うじゃない? まあ別に、みんな『おれ』だったからって、ちょっとショック受けてるなんてことは全然――)」

((あるんでしょ。『この子だけは!』って思ったんでしょうどうせ))

「(理事長しかいないとか嫌じゃない?)」

((まあ、彼もあれでかわいいところもあるから、少しくらい妥協しなよ))

「(しょうがないなあ)」


 撫で続けてあげると、彼はゆっくり顔を上げる。


『もうだいじょうぶだよ』


 そんな表情をしていても、睫はしっかり濡れていて。それがあまりにも切なく見えて。ツバサのようにできるかはわからなかったけれど、彼が安心できるように、ぎゅっと頭を抱えるように抱き締める。


「――?!?!」


 けれど彼が暴れ始めて、すぐに抱擁は解かれた。よく見ると彼の顔は真っ赤になっている。


「ご、ごめんっ! 苦しかった? 嫌だったよね!」


 そう言うと彼は慌てたように首を振って、〈ちょっとおどろいただけ! だからいやじゃないよ?〉と教えてくれた。

 続けて彼は、にっこり笑ってくれた。


〈聞きたいこと あるんでしょ?〉

「……オウリくん。湯冷め、かなり前からしてるとは思うんだけどさ、少しだけ聞いてもいい?」


 彼はゆっくりと頷いてくれた。

 さあ、彼にも踏み込む時が来たようだ。