「おや、おかえり。今日も手酷くやられたのかい?」
「ん? あはは。うん。そうみたい」
放置していた赤く腫れた腕に、その人は申し訳なさそうな苦笑いを浮かべる。
「手当てしてあげるよ。おいで」
「……うん。ありがとお」
自分でできないわけじゃない。手を煩わせることもない。
ただ……今日はただ、その手当てすらもする気にはなれなかったんだ。だから、ここに来た。
大好きなにおいが充満する場所。額からはみ出し、そこら中に飛び散ったままの赤。黄。緑。青。そして、大きな窓の向こうに広がる、一番の景色。ここが……唯一の逃げ場だった。
けれど、知っているんだ。わかってる。
これがただ、一時の気休めにしかならないことくらい。
「……始めたきっかけはともあれ」
ぽんぽんと、大きな手が頭を撫でる。そして、手元で描かれた光景に一つ。「……今日もすごくいい出来。自慢して回りたいくらいだ」と、心底嬉しそうな顔で笑ってくれた。
子どもながらにはわからなかった。今も、まだ全部が腑に落ちたわけじゃない。
好きなことがいくつあったっていいじゃないか。夢があったっていいじゃないか。
「(……これが、きっと……)」
でも、もう覚悟を決めるべきなんだろう。
夢を、見ていた。ううん。多分、ずっと見ていたかったんだ。
『必ず助けるよ! だから言ってみて! 大きな声で!』
――あなたの願い事を、叶えてあげる!
たとえそれが夢でも。もちろん現実には無理でも。
ずっと、ずっと。夢見ていたかった。



