すべてはあの花のために②


「おや、おかえり。今日も手酷くやられたのかい?」

「ん? あはは。うん。そうみたい」


 放置していた赤く腫れた腕に、その人は申し訳なさそうな苦笑いを浮かべる。


「手当てしてあげるよ。おいで」

「……うん。ありがとお」


 自分でできないわけじゃない。手を煩わせることもない。
 ただ……今日はただ、その手当てすらもする気にはなれなかったんだ。だから、ここに来た。

 大好きなにおいが充満する場所。額からはみ出し、そこら中に飛び散ったままの赤。黄。緑。青。そして、大きな窓の向こうに広がる、一番の景色。ここが……唯一の逃げ場だった。

 けれど、知っているんだ。わかってる。
 これがただ、一時の気休めにしかならないことくらい。


「……始めたきっかけはともあれ」


 ぽんぽんと、大きな手が頭を撫でる。そして、手元で描かれた光景に一つ。「……今日もすごくいい出来。自慢して回りたいくらいだ」と、心底嬉しそうな顔で笑ってくれた。


 子どもながらにはわからなかった。今も、まだ全部が腑に落ちたわけじゃない。
 好きなことがいくつあったっていいじゃないか。夢があったっていいじゃないか。


「(……これが、きっと……)」


 でも、もう覚悟を決めるべきなんだろう。
 夢を、見ていた。ううん。多分、ずっと見ていたかったんだ。


『必ず助けるよ! だから言ってみて! 大きな声で!』


 ――あなたの願い事を、叶えてあげる!

 たとえそれが夢でも。もちろん現実には無理でも。
 ずっと、ずっと。夢見ていたかった。