「あらまぁ。腰抜けちゃったんですぅ? ふにゃふにゃじゃないですかぁ」
「……っ、いい加減に……!」
今度はへたり込んでいる葵のズボンの中に手を入れようとしてきた、その時だった。
「あおいチャーン! どこお~!」
校舎の曲がり角の向こうからアカネの声。
「……残念ですぅ。どうやら今日はここまでみたいですねぇ」
葵の体は、まだ力が入らなかった。
「まぁ精々楽しんでください。それじゃあ『また』。道明寺葵サン?」
そう言った男は、いとも簡単に塀を越えて学校から出て行った。
「……あ! あおいチャーン! こんなところにい……――っ!? あおいチャン?!」
見つけてくれたアカネが、おかしい葵に急いで駆け寄る。
「どうしたのあおいチャン! 何があったの!」
葵はただ自分の体を抱き締めていた。不甲斐なさと遣る瀬なさで、ジャージを握り締めている葵の手は、真っ白になるぐらい強く力が入っている。
その手が、やさしく包まれた。体もそっと抱き締められる。
「そんなに力入れちゃったら、お手々痛くなっちゃうよ?」
「……あ。あかね。くん……?」
そうされてやっと存在に気づいたかのように、葵がやっと声を出す。
「あおいチャンの電話が長かったから、みんな心配してるよ?」
アカネがそう言っても「でんわ……」と呟くだけで、葵の意識はどこか別のところに行っているようだった。
「あおいチャン。おれのこと見て?」
アカネは葵の正面にまわり、両頬をやさしく包んだ。
「おれのこと、わかる?」
「……あかね、くん……」
「うん。もっと呼んで? おれの名前」
アカネの名前を何度も呼んでいるうちに、ゆっくりと意識が自分に戻ってくるような、そんな感覚がした。



