【学校】
キーンコーンカーンコーン
「おはよう!周ちゃん!」
「真瑠璃ちゃん、おはよう!ねえねえ、今日、一緒に弾き合いっこしない?」
「いいね!」
「やっぴー!じゃあ、先生にホール借りられるか聞いてくる!」
周ちゃんこと京田周司は、私が高校に入ってから知り合った。同じ本宮門下生として、切磋琢磨する良きライバルでもあり、心の友。
普段はとってもふにゃふにゃしている男の子なんだけれど、ピアノを触った途端、人が変わる。周ちゃんのピアノ演奏は、聴いている人の心を一瞬で周ちゃんワールドへ連れ去っていく。私も、その一人。
実は周ちゃん、高校生で既にプロデビューを果たしている期待の若きピアニスト。日本人高校生初、ウィーン国際コンクールで入賞を果たし、一躍時の人となった。でも、周ちゃんは有名人になってからも何も変わらない。いつも通り、今まで通りの周ちゃんで偉ぶったりもしない。そんな所が、ちょっとだけ隆也に似ている。
「おはよう、ぶーッッ。」
振り返ると、瑛里がとてもつまらなそうな顔で立っていた。
ちょっちょっと待った!
瑛里を包むこのドス黒いオーラは一体。このオーラ、何度か見たことがある。そう、最近見たのはあの時。同じ塾の拓也くんとお別れした時。まさか、篤人くんとお別れしたの⁉︎そんな事ないよね、だって、恒例の電話がないもんね。一体、どうしたんだろう。気になるけど、聞けない…。
「ねえ、瑛里…」
と言いかけたところで、周ちゃんの声がした。
「真瑠璃ちゃん!ホール借りられるって!やっぴー!今日のお昼休みだよ、大丈夫?」
「もちろんだよ!」
「よし!お弁当さっさと食べちゃって弾き合いっこしよう!」
「よし!勝負だよ!」
「やっぴー‼︎瑛里ちゃんも、お昼休み、ホールで弾き合いっこね!」
「私は、いい…弾かない。」
うつむく瑛里。やっぱり、何かあったよね⁉︎
「だめだめ!三人で弾き合いっこ!決まり!そんなに悲しそうな顔しないの!」
嬉しそうな周ちゃんが、瑛里の肩をぽんぽんとたたく。
瑛里は、周ちゃんの方を見向きもしない。いつもなら、『やっぴーやっぴーうるさ〜い』って周ちゃんを追いかけ回すのに。
キーンコーンカーンコーン
「もう始業5分前のチャイム!急ごう!周ちゃん!瑛里!」
瑛里の悲しそうな顔。やっぱり、何かあったんだ。
とぼとぼ歩く瑛里の手をとって走る周ちゃん。
この胸騒ぎが、気のせいでありますように。