「え」


殴れと言ってきたくせに、胸ぐらを掴んできた棗は目をギラギラとさせていてもう一度殴られるのでないかとぞっとする。


「言っただろ?俺に何かをするのは構わないって。早く殴れ。俺が憎いんだろ?ずっと復讐がしたいと思ってたんだろ?」


挑発をするかのように顔を近づけて来た棗に、ぎりっと唇を噛み締めて棗目掛けて拳を振り上げる。

初めて人を殴った感触は、気持ちが悪くて拳が痛くて実に最悪だった。

だけど、ずっと胸につっかえていた黒いモヤが晴れるようなそんな気がした。


「そうだよ。おまえは最初から、こうすればよかったんだよ」


殴られたというのになぜか嬉しそうに笑っている棗に、「は?」と思わず間抜けな声が出た。


「気に入らないなら気が済むまで殴れ。悪口とか他人を巻き込むとかダセェことすんなよ。おまえは優しいから、復讐しようとしたってどうせ中途半端なことしかできないんだから。それなら真っ向からかかってこい」


眩しく笑いながら、棗が手を差し出してきた。


…ああ、そうだった。

棗はぶっきらぼうで不器用だけど、いつだって真っ直ぐなやつだった。

眩しくて憧れで、自慢の親友だった。