「転んだ…わけではなさそうだね」


先輩は私をちらりと一瞥すると、美亜に向かって手を差し出していた。


「お姉ちゃんを不快な思いにさせてしまった私が悪いんです…。ごめんね、茉莉花」


ここで心を痛めてはダメ。それに美亜だってこれは演技、なんだから。

王子様に助けられている美亜を置いて去ろうとすると、ガシッと腕を掴まれた。


「おい」

「…え?」


焦げ茶色のセンター分けである雰囲気が柔らかそうな先輩とは違い、黒髪のさらさらな少し長めの前髪から覗く鋭い瞳をした男の子は戸惑ってしまうくらい冷たく私を見つめていた。

ここで去ることでとりあえず私の仕事は終わるというのに、わざわざ引き止めてくるなんて何事だ。


「わざと転ばせたなら、謝れよ」

「…は?」


黒髪男子はチラリと美亜に視線を向けていた。

…ああ、そういうこと。この人も、美亜のためにこんなことを言っているんだ。