いたずらっぽく笑う三島さんに、ファンタジーさんがくってかかる。
「好意だと!? 好意は抱いてるぜ!」
「えっ!?」と、私はまた声をあげちゃった。だ、だって。
「花音はいいやつだ。勇気があって、行動力もあって……突然こんなことになったのに、おれと一緒に戦ってくれて。見たところ戦闘経験もない女の子だろうに、おれが負傷しないよう心配もしてくれた。そんなの、好意なんて抱くに決まってんだろうが!」
「そっ……そう、なんですかっ?」
三島さんが、指先だけで拍手する。
「おーおー、よく言いました。そうだね、ファンタジーは危ないところだったもんね」
「え? ファンタジーさん、敵よりずっと強かったですよ?」
「そうだね。ファンタジーは強い。でも、もう限界だったのさ」
三島さんは、図書室の奥にとことこと歩いていく。そして私に手招きした。
ついて行ってみると、三島さんはある棚の前で立ち止まった。
棚に入った本のジャンルは、「ファンタジー」だって札に書いてある。
本の種類や並び方は、昼間の図書室と同じみたいだった。
でも、明らかにおかしなところが一つ。
「本が……光ってる……?」
ファンタジー作品の本の背表紙が、どれもぼんやりと青白い光を発してる。
「これ、『夜の図書室』だとこうなんですか?」
「本当はね。でもついさっきまでは、この光は消える寸前だった。この図書室は、もうじき物語のエネルギーが尽きようとしているんだ。寿命ってやつだね」
図書室に……寿命?
「物語には精霊が宿る。そこのファンタジーがまさにそうだ。しかしすべてのものには終わりがあって、精霊の力が衰えていけば、その図書室にある物語の魅力が色あせていく。そうすると物語を読む人の数が減る。物語は読まれるためにあるんだ、だから読まれなくなるとますますエネルギーは不足して、悪循環になっていく」
「じゃあ……昼間の図書室が、ずいぶん暗く見えたのも……」
三島さんがうなずく。
「そのせいだ。縮小されるって話が出て、さらに衰退は加速した。物語はジャンルごとに、だんだんと光を失い、図書室に訪れる人も減り続けた。面白そうな本がなければ、誰もこんなところに来ないだろう?」
私は一回のどを鳴らして、おそるおそる訊いてみた。
「そのまま減り続けたら……どうなるんですか?」
「精霊が死ぬ。精霊のいない本は死書と呼ばれ、もう人に読まれることはなくなる。それに近づいているから、この図書室は、昼も夜もこんなに薄暗い。問題集とか記録集とか、直接的に勉強に役立つ資料なんかは読まれ続けているけど、あれらは物語じゃないから夜世界や精霊とは無関係なんだ」
「あの、……本が電子書籍に移っていってるのも関係ありますか?」
今度は三島さんは首を横に振った。
「ああ、あれは物語の媒体が別の形になっているだけだから、『夜の図書室』の衰退とは大して関係ない。むしろもっと栄えてほしいくらいだ。便利だからね。とにかくそういうわけで、ファンタジーも戦闘能力は高いんだけど、その存在はもうすぐ寿命を迎えて尽きそうだったんだ」
私はファンタジーさんを見る。
どう見ても、中学の高学年か高校生。それが、寿命……?
「そうだ、花音。だがおれは、君のおかげで生きながらえた」
「私? ですか?」
「ああ。物語は、人に読まれることを望んでいる。人が物語を求めるように、物語も人を求めているんだ。そして花音は、このおれ、ファンタジーの願いをかなえてくれた。だからおれの本体の本たちは光を取り戻して、今そうして本棚で輝いていられる」
「願いをかなえた……?」
ファンタジーさんが、私のほうへ歩み寄ってきた。
そしてファンタジージャンルの本棚の前で立ち止まる。
本体と、その精霊が、すぐ横に並んで立ってるのは、不思議な感じがした。
「おれの願いは、誰かとともに戦うこと。おれの孤軍奮闘ではなく、信じられる仲間とともに、強き敵を打ち倒すことだ」
そこで、三島さんが横から言ってくる。
「ついでに言うと、ファンタジーの願いには、『か弱い者を悪の手から守りたい』っていうのもあるんだ。七月さん、どう見てもか弱い女の子だろう? 君は、あいつの願いを全部かなえてくれたんだよ」
「ああ。おれももうこのまま、もう人から読まれずに消滅してもいいかと思っていた。これまでに、じゅうぶん人はおれを手に取り楽しんでくれた、それで満足すべきじゃないかってな。だが……できることなら、本体が朽ち果てるその日まで、おれはまだ人とともにありたい」
真剣な顔をしてたファンタジーさんが、笑顔になった。
ふっと幼くなったような、無邪気な笑い方。
たまに見せるこの表情を目にすると、怖い目には遭ったけど、この夜世界にきてよかった、と思える。
その時。
ががあ……ん
があん……!
「か、雷?」
「いや」と三島さん。「夜世界の、帰りの門が開く音だ。昇降口へ行きなさい。くぐれば、現実世界に帰れるから」
「おれが送ろう。童話、絵本、お前らも来い」
まだ紅茶をなめていた二匹が、ぴょんぴょんと私のほうに来てくれた。
「お帰りですかあ、花音さんっ」
「慌ただしいなあ人間は」
三島さんが手を振って見送ってくれる中、また二人と二匹になった私たちは、昇降口に向かった。雷の音はさらに近くなってる。
「夜世界から出れば、入ってきた時と同じ時間と場所に戻る。夕暮れ時で、帰るところだったんだろ? 気をつけてな」
「は、はいっ。あの、ファンタジーさんも」
「ありがとうよ。ま、心配しなくても、あんな戦闘はそうそうねえよ。……花音、また来てくれるか? もしまた同じような危機があっても、おれが絶対に花音を守るから」
「えっ!? はっ、はい」
男の子に「絶対に守る」なんて言われ慣れてないので、変にくすぐったい。
まあ、普通の男の子は、魔法使いとは戦わないもんね。
「私が来てよければ。こんなことが体験できると思わなくて、楽しかったですし。……あの」
「ん?」
「ファンタジーさんは、私、役に立ててよかったですけど。さっきの話だと、ほかのジャンルも、結構ピンチってことですよね」
「ああ。あいつらはおのおのの願いを抱えたまま、それがかなうことなく、一人、また一人って図書室から消えていっちまったよ。おれ以上に寿命に近づいてる。そこのちび二匹だけはかろうじて残ってるけどな」
童話さんと絵本さんが、空中と廊下でそれぞれにぴょんと小さくジャンプする。
「私、できれば……ほかのみなさんのことも、助けたいです。図書室が小さくなったりなくなったりするのは、時には仕方のないことだとは思うんですけど。本のみなさんが人に読まれたいと思ってくれてて、うちの中学にも本当は図書室で物語が読みたいと思っている人たちが、たくさんいるなら。……私に、できることはしたいんです」
ちょうど昇降口に着いた。
みんなで、ぴたりと足を止める。
「……花音」とファンタジーさん。
「はい?」
「君がこの学校にいてくれて、よかった。『夜の図書室』の司書の資格、花音にはありすぎるほどあるってことが分かるぜ」
思いっきり正面から熱っぽく見つめられて、ぼっと顔が熱くなっちゃった。
一回あどけない笑顔を見た後だから、まじめな顔によけいどきっとしちゃう。
「ど、どうも。ファンタジーさんこそ、すごくかっこよかったですよ」
どうしていいか分からなくて、そんなことを口走っちゃったんだけど。
「花音ほどじゃねえよ。花音みたいに強くてかわいい人間は、見たこともねえ」
ええ!? なんでそんなこと、目を見ながら言えるの!?
ていうか今、かわいいって言った!? かわいいはおかしくない? 私が今日やったことと、全然関係なくない? なのになんで言ったの?
「なんか変だったか? ミシマエルから、人間は言って伝えないと思っていることが伝わらないから、はっきり言うように言われてるんだがな」
「変……変というか、あ、もういいですっ」
なんてことうしてるうちに、雷の音がどんどん大きくなってくる。
「……花音。ジュブナイルだ」
「ジュブナイル?」
「それに、ミステリ、ホラー、ラブロマンス。学校によって、『夜の図書室』の精霊は異なる。この中学の図書室にいたのは、おれとちびども以外ではその四人だ。みんな、……おれの友達だった。だが、いなくなった」
「ファンタジーさん……」
「おれたちは君を待っている。どうか、また来てくれ。そして、あいつらを助けてやってくれ」
息をのんで、うなずいた。
最後のファンタジーさんの顔は、涙こそ流れていなかったけど、泣いてるように見えた。
一人と一匹に見送られて、私は昇降口をくぐった。
また雷の音。一回だけ響いて、ぱったり消えた。
目の前には、校門に続く道と、そこに降ってる雨が見えた。
向こうのほうに目を凝らすと、暗い中でも、見慣れた街並みが見える。
「……戻ってきた!? っていうか、雨っ! 髪、髪濡れるう!」
「好意だと!? 好意は抱いてるぜ!」
「えっ!?」と、私はまた声をあげちゃった。だ、だって。
「花音はいいやつだ。勇気があって、行動力もあって……突然こんなことになったのに、おれと一緒に戦ってくれて。見たところ戦闘経験もない女の子だろうに、おれが負傷しないよう心配もしてくれた。そんなの、好意なんて抱くに決まってんだろうが!」
「そっ……そう、なんですかっ?」
三島さんが、指先だけで拍手する。
「おーおー、よく言いました。そうだね、ファンタジーは危ないところだったもんね」
「え? ファンタジーさん、敵よりずっと強かったですよ?」
「そうだね。ファンタジーは強い。でも、もう限界だったのさ」
三島さんは、図書室の奥にとことこと歩いていく。そして私に手招きした。
ついて行ってみると、三島さんはある棚の前で立ち止まった。
棚に入った本のジャンルは、「ファンタジー」だって札に書いてある。
本の種類や並び方は、昼間の図書室と同じみたいだった。
でも、明らかにおかしなところが一つ。
「本が……光ってる……?」
ファンタジー作品の本の背表紙が、どれもぼんやりと青白い光を発してる。
「これ、『夜の図書室』だとこうなんですか?」
「本当はね。でもついさっきまでは、この光は消える寸前だった。この図書室は、もうじき物語のエネルギーが尽きようとしているんだ。寿命ってやつだね」
図書室に……寿命?
「物語には精霊が宿る。そこのファンタジーがまさにそうだ。しかしすべてのものには終わりがあって、精霊の力が衰えていけば、その図書室にある物語の魅力が色あせていく。そうすると物語を読む人の数が減る。物語は読まれるためにあるんだ、だから読まれなくなるとますますエネルギーは不足して、悪循環になっていく」
「じゃあ……昼間の図書室が、ずいぶん暗く見えたのも……」
三島さんがうなずく。
「そのせいだ。縮小されるって話が出て、さらに衰退は加速した。物語はジャンルごとに、だんだんと光を失い、図書室に訪れる人も減り続けた。面白そうな本がなければ、誰もこんなところに来ないだろう?」
私は一回のどを鳴らして、おそるおそる訊いてみた。
「そのまま減り続けたら……どうなるんですか?」
「精霊が死ぬ。精霊のいない本は死書と呼ばれ、もう人に読まれることはなくなる。それに近づいているから、この図書室は、昼も夜もこんなに薄暗い。問題集とか記録集とか、直接的に勉強に役立つ資料なんかは読まれ続けているけど、あれらは物語じゃないから夜世界や精霊とは無関係なんだ」
「あの、……本が電子書籍に移っていってるのも関係ありますか?」
今度は三島さんは首を横に振った。
「ああ、あれは物語の媒体が別の形になっているだけだから、『夜の図書室』の衰退とは大して関係ない。むしろもっと栄えてほしいくらいだ。便利だからね。とにかくそういうわけで、ファンタジーも戦闘能力は高いんだけど、その存在はもうすぐ寿命を迎えて尽きそうだったんだ」
私はファンタジーさんを見る。
どう見ても、中学の高学年か高校生。それが、寿命……?
「そうだ、花音。だがおれは、君のおかげで生きながらえた」
「私? ですか?」
「ああ。物語は、人に読まれることを望んでいる。人が物語を求めるように、物語も人を求めているんだ。そして花音は、このおれ、ファンタジーの願いをかなえてくれた。だからおれの本体の本たちは光を取り戻して、今そうして本棚で輝いていられる」
「願いをかなえた……?」
ファンタジーさんが、私のほうへ歩み寄ってきた。
そしてファンタジージャンルの本棚の前で立ち止まる。
本体と、その精霊が、すぐ横に並んで立ってるのは、不思議な感じがした。
「おれの願いは、誰かとともに戦うこと。おれの孤軍奮闘ではなく、信じられる仲間とともに、強き敵を打ち倒すことだ」
そこで、三島さんが横から言ってくる。
「ついでに言うと、ファンタジーの願いには、『か弱い者を悪の手から守りたい』っていうのもあるんだ。七月さん、どう見てもか弱い女の子だろう? 君は、あいつの願いを全部かなえてくれたんだよ」
「ああ。おれももうこのまま、もう人から読まれずに消滅してもいいかと思っていた。これまでに、じゅうぶん人はおれを手に取り楽しんでくれた、それで満足すべきじゃないかってな。だが……できることなら、本体が朽ち果てるその日まで、おれはまだ人とともにありたい」
真剣な顔をしてたファンタジーさんが、笑顔になった。
ふっと幼くなったような、無邪気な笑い方。
たまに見せるこの表情を目にすると、怖い目には遭ったけど、この夜世界にきてよかった、と思える。
その時。
ががあ……ん
があん……!
「か、雷?」
「いや」と三島さん。「夜世界の、帰りの門が開く音だ。昇降口へ行きなさい。くぐれば、現実世界に帰れるから」
「おれが送ろう。童話、絵本、お前らも来い」
まだ紅茶をなめていた二匹が、ぴょんぴょんと私のほうに来てくれた。
「お帰りですかあ、花音さんっ」
「慌ただしいなあ人間は」
三島さんが手を振って見送ってくれる中、また二人と二匹になった私たちは、昇降口に向かった。雷の音はさらに近くなってる。
「夜世界から出れば、入ってきた時と同じ時間と場所に戻る。夕暮れ時で、帰るところだったんだろ? 気をつけてな」
「は、はいっ。あの、ファンタジーさんも」
「ありがとうよ。ま、心配しなくても、あんな戦闘はそうそうねえよ。……花音、また来てくれるか? もしまた同じような危機があっても、おれが絶対に花音を守るから」
「えっ!? はっ、はい」
男の子に「絶対に守る」なんて言われ慣れてないので、変にくすぐったい。
まあ、普通の男の子は、魔法使いとは戦わないもんね。
「私が来てよければ。こんなことが体験できると思わなくて、楽しかったですし。……あの」
「ん?」
「ファンタジーさんは、私、役に立ててよかったですけど。さっきの話だと、ほかのジャンルも、結構ピンチってことですよね」
「ああ。あいつらはおのおのの願いを抱えたまま、それがかなうことなく、一人、また一人って図書室から消えていっちまったよ。おれ以上に寿命に近づいてる。そこのちび二匹だけはかろうじて残ってるけどな」
童話さんと絵本さんが、空中と廊下でそれぞれにぴょんと小さくジャンプする。
「私、できれば……ほかのみなさんのことも、助けたいです。図書室が小さくなったりなくなったりするのは、時には仕方のないことだとは思うんですけど。本のみなさんが人に読まれたいと思ってくれてて、うちの中学にも本当は図書室で物語が読みたいと思っている人たちが、たくさんいるなら。……私に、できることはしたいんです」
ちょうど昇降口に着いた。
みんなで、ぴたりと足を止める。
「……花音」とファンタジーさん。
「はい?」
「君がこの学校にいてくれて、よかった。『夜の図書室』の司書の資格、花音にはありすぎるほどあるってことが分かるぜ」
思いっきり正面から熱っぽく見つめられて、ぼっと顔が熱くなっちゃった。
一回あどけない笑顔を見た後だから、まじめな顔によけいどきっとしちゃう。
「ど、どうも。ファンタジーさんこそ、すごくかっこよかったですよ」
どうしていいか分からなくて、そんなことを口走っちゃったんだけど。
「花音ほどじゃねえよ。花音みたいに強くてかわいい人間は、見たこともねえ」
ええ!? なんでそんなこと、目を見ながら言えるの!?
ていうか今、かわいいって言った!? かわいいはおかしくない? 私が今日やったことと、全然関係なくない? なのになんで言ったの?
「なんか変だったか? ミシマエルから、人間は言って伝えないと思っていることが伝わらないから、はっきり言うように言われてるんだがな」
「変……変というか、あ、もういいですっ」
なんてことうしてるうちに、雷の音がどんどん大きくなってくる。
「……花音。ジュブナイルだ」
「ジュブナイル?」
「それに、ミステリ、ホラー、ラブロマンス。学校によって、『夜の図書室』の精霊は異なる。この中学の図書室にいたのは、おれとちびども以外ではその四人だ。みんな、……おれの友達だった。だが、いなくなった」
「ファンタジーさん……」
「おれたちは君を待っている。どうか、また来てくれ。そして、あいつらを助けてやってくれ」
息をのんで、うなずいた。
最後のファンタジーさんの顔は、涙こそ流れていなかったけど、泣いてるように見えた。
一人と一匹に見送られて、私は昇降口をくぐった。
また雷の音。一回だけ響いて、ぱったり消えた。
目の前には、校門に続く道と、そこに降ってる雨が見えた。
向こうのほうに目を凝らすと、暗い中でも、見慣れた街並みが見える。
「……戻ってきた!? っていうか、雨っ! 髪、髪濡れるう!」
