「花音、だったな。怖い思いをさせて悪かった。……君は本当に、ただの人間なんだな? 『夜の図書館』の司書じゃなく?」

「もう、なにがなんだか分からないですけど……ただの人間なのは、確かです……」

「そうか……。なら、もう少しの辛抱だ」

 思わずファンタジーさんの顔に見とれそうになってたところに、急に引っかかる言葉が出てきた。
 もう少し?

「まだなにかあるんですか!?」

「なにかどころか、敵の親玉だ。いいか、おれから離れるなよ」

 ファンタジーさんがまた上を見上げた。
 真っ暗な空に、赤い点が見えた。
 また巨大生物の目かと思ったら、違う。それは服――ローブみたいな、たっぷりした布の服だった。
 だんだんとそれが下りてきて、地面から一メートルくらい上、、私たちからは十メートルくらい離れたところで宙に止まった。
 赤いフードがめくれると、中の顔は――

「フ、ファンタジーさん!? あの人、骸骨なんですけど!?」

 フードの中は、生きた人間の顔じゃなくて、皮膚の全くない骸骨の頭だった。

「ワイルドソーサラー、グレンネフォス三世。四つの王国を滅ぼし、罪もない人々を悲しみの底に突き落とした悪の帝王め。ついに追い詰めたぜ。手下のモンスターは品切れか?」

「ふおっふふふ……もとより、モンスターなんぞにぬしの相手が務まるとは思っておらんわ……」

 骸骨が笑ってる……しゃべってる……猫やうさぎがしゃべるのと、どっちがすごいんだろうなあ……
 ……じゃなくて!
 私にも分かる。あの骸骨、きっとさっきまでの鳥とか蛇より、ずっと強いんだ。
 風はないのに、まるで向かいから暴風雨を浴びせられてるみたいな、奇妙な迫力がある。
 歯が、がちがちって鳴った。

 それに気づいたファンタジーさんが、私の上半身を抱えてる左手の先で、さらさらと頭をなでてくれた。
 ん? 私を抱えてる手で?

「あの、ファンタジーさん」

「ん?」

「これから、あの骸骨と戦う、んですよね?」

「骸骨ってお前な。死してなお滅びない、東大陸最強の魔導士の一人だぞ。けどまあそうだ、戦うな」

「私、降りたほうがいいのでは。足手まといですよね? それに、ゴーレムのおでこ刺した剣を拾わないと」

「確かにそうだ。いいところに気づいたな。さて、どうしたもんか」

 の、のんきな!?
 見ると、グレンネフォス三世――っていうらしい――の口元の骨がかたかたと震えてる。
 それに、なにかつぶやいてる。
 あれって、呪文を唱えてるのでは?

 骸骨の、目のところの穴がかっと光った。
 そしてローブの下から腕が持ち上がって、その袖から、やっぱり骨だけの右手が出てきて、ぴたりと私たちのほうに手のひらが向けられる。

 こ、これは……。かなりまずいんじゃないかな?
 私がいるせいで、ファンタジーさんがうまく戦えない。それに、今ファンタジーさんは武器がない。マントの下には、もう予備の剣とかはないみたいだった。

「滅びるがいい……非力な者が思い上がりおって……我が必殺の魔法をくれてやるわ……」

 ばちばちっ……と赤い稲妻が、骸骨の手の周りに集まっては弾けてる。
 ぜ、絶対にまずいっ!

「ちっ。ま、心配するな。もしあいつの魔法をよけそこなっても、お前一人分くらい、おれが防御してやるよ」

 それって、私をかばってっていうこと?
 だめだよ!
 私はファンタジーさんの手を振りほどいて、地面に降りた。
 着地と同時に、駆け出す。

「あっ、おい!? 離れるんじゃねえ! ただの人間が、生身であいつの魔法受けたりしたらどうなるか! 下手に逃げたって……」

 下手かもしれないけど、ただ逃げるわけじゃないっ!
 私は、崩れ去ったゴーレムの砂の中に落ちている剣を拾い上げると、またファンタジーさんのほうに戻ろうとした。

「ファンタジーさん、これっ!」

「させるか……! 小娘、お前から片づけてやろう……!」

「あっ!? この骨野郎、やめろッ!」

 ぞっとして、グレンネフォス三世のほうを見た。
 その右手が、私に向かって突き出されてる。
 これって……

「死ねい……! かの生命を引き裂け、死の稲妻よ……!」

「花音! 剣を盾にしろ!」

 ファンタジーさんが叫んだとおりに、私は夢中で、抜き身の剣を体の前に立てた。
 同時に、骸骨の手から、着物の帯くらいに太い稲妻が飛び出して、剣を直撃した。

 ずがあああああんっ!

「きゃあああああ!」

 私は後ろにひっくり返って転がった。
 剣も手から落ちてしまったけど、すごい衝撃を受けたほかには、大きなけがはないみたいだった。

「は、はううう……し、死ぬかと思った……」

「ばかな……我が稲妻が……!?」

「神剣ムーンフラスティカ、お前ごとき骨野郎の魔法なら一発くらい耐えられるんだよ。どうだ、小娘に必殺の魔法を防がれた気分は? 今どんな気持ちだよ?」

「お、おのれえ……もう一発……くれてやる……」

 とんでもないことを言われて、慌てて立ち上がろうとする。
 その時、再びあの二つの声が聞こえてきた。

「そんなことはウチがさせませんですう!」

「こんにゃろ、ミーの猫パンチをくらいやがれっ!」

 白うさぎと黒猫が、グレンネフォス三世にまとわりついては、ぽかぽかと攻撃をしてた。
 効いてるかどうかは、ちょっとなんとも言えないけども。

「ぬうう、おのれえ……邪魔だ、どけい……」

「言われなくてもどきますう!」

「ミーがおぜん立てしてやったんだ、しっかりやれよ、ファンタジー!」

 はっとして、ファンタジーさんを見た。
 すると、さっきのグレンネフォス三世と同じように、ファンタジーさんは右手をまっすぐに突き出していた。ローブ姿の骸骨に向かって。

「言われるまでもねえんだよ。童話、絵本、今だ! 離れろ! かの冒涜を戒めたまえ――」

 二匹は、どこへともなくぴょんと跳ねて消えた。

「し、……しまっ……おのれえ!」

「――神の光よッ!」

 真っ白い光が、ファンタジーさんの手から打ち出された。
 それは槍みたいに一直線に伸びて、グレンネフォス三世の胸に突き刺さった。
 そして。

「ぐわあああああーっ!」

 その叫びと同時に、爆発が起きる。
 どごおおおんんん……と、後を引く響きがあたりを包んだ。

「ひゃああ……っ」

 私は両手で耳を押さえてうずくまった。
 爆風が収まると、こわごわ周りを見てみる。
 もう、赤いローブはどこにも見当たらなかった。

「や……やっつけ……た?」

「そうですう! やっつけましたあ!」

「わっ!?」

 いきなり、私の右肩に、ぴょこんと白うさぎが乗ってきた。

「お前、やるなあ! ファンタジーとナイスコンビネーションだったぜ!」

 黒猫は、私の左肩に。
 あはは……狙ってやったわけじゃなかったんだけど……。

「花音」

 後ろから、ファンタジーさんに声をかけられて、慌てて立ち上がりながら振り向く。

「花音、あぶねえだろ。ああいう時は、無茶するんじゃねえよ」

「だ、だって、あのままだったらどうしたんですかっ」

「むう。あのままだったらか。まあ、一発もらいつつ何とか生き延びて、隙をついてさっきの魔法を打ち込むか。それか、がんばって花音を抱えたまま剣を拾って、あいつの魔法弾いて切りかかる、かな」

「……どっちも結構無茶なのでは」

「言っとくが、あのクラスの魔法食らっても、花音はまったくの無傷でいられるようにかばうくらいできるぞ」

「だ、だから、そんなことしたら、ファンタジーさんがけがするんでしょう? そしたらどんどん不利になるじゃないですかっ。私のせいでっ」

 私は両手をこぶしにしてそう言ったけど、ファンタジーさんは

「それでも、生身で飛び出すよりはましだな」

 としかめっ面のままだった。

「まあまあ、ですう。花音さんが飛び出したのはファンタジーさんの剣を拾うためですし、結果的にグレンネフォス三世の魔法を一発無駄打ちさせて、隙を作れて、よかったよかったですよう」

「そうだぜファンタジー、こいつはただ逃げようとしたんじゃないんだからさ。おかげでファンタジーは、フルパワーの魔法を隙だらけのあいつに打ち込めたんだろ。そうじゃなきゃかなり手こずってたはずだぜ」

「あのな。おれは、危険だって話をしてるんであってだな。……まあ、でもそれは確かだ。あいつに無傷で勝てたのは、花音のおかげだよ。ありがとうよ」

 そう言って、ファンタジーさんが笑った。
 う、うわあ。笑顔初めて見たけど、今までの顔が――特に目つきが――怖めだったから、急に無邪気な顔見せられると、どきっとしちゃう。

「あ、でも、私最初にファンタジーさんが剣で戦うところ見たから、魔法が使えるの意外でした」

 漫画やゲームだと、剣を使えるキャラクターはあんまり魔法が得意じゃないイメージがあったから。
 ……というか、魔法が使える人間を初めて見たんだけど、もういい加減、驚かない。
 ここは、私が放課後までいた学校とは、少し違うところなんだ。
 夢なのか、現実なのか、とにかく、不思議なことでいっぱいなところ。

「ああ。それは、よく言うだろ――」

 ファンタジーさんが、ぱちりと片眼を閉じる。

「剣と魔法のファンタジー、ってよ」