ファンタジーさんの口調は厳しかったけど、表情には優しさがある。

「そうなんだよねー。それに小生たちが気になってるのは、今のミシマエルやジュブナイルがどう思ってんのかなんだよね」

「そうですとも。今改めて問いますぞ、ジュブナイル。別れを恐れて、消えてしまいたいとお思いですかな? わたくしたちや、花音殿もいますのに?」

「ですですう。ウチらは消えたくはないですけど、ジュブナイルさんだけいなくなるとかもいやですう!」

「はっきり言えよ、ジュブナイル。ミーたちとまだ一緒にいたいか、そうでないかだぞ!」

「み、みなさん、そんなに詰め寄らなくても!?」

 みんなの圧が強くって、ついつい間に割って入っちゃった。
 でも、ラブロマンスさんだけは、みんなから一歩離れてにこにこしながら言ってきた。

「ウッフフフ。すでに結論は出たようですね、ジュブナイル! 我は感じますよ、ここのつい足元すぐのところまで押し寄せていた『夜の底の使い』が、勢いを失ってばらばらになり、地中へ戻っていくのを!」

 えっ。ということは。

「みんなの思いは、今伝わりあい、気持ちが通じ合ったということです! これこそ、我が願い! ああ、こんなにもたやすくかなうとは! やはり君たちは最高だ!」

 感じ入ってるラブロマンスさんの横に、ジュブナイルさんが並んで言った。

「ごめん、みんな……僕がどうかしてたんだ。こんなに素晴らしい仲間がいるのに、まだ訪れてもいない別れを恐れて、今この時を捨ててしまおうなんて……」

「そ、それじゃ、ジュブナイルさん!」

「うん、花音ちゃん。もう、寂しさにおびえてみんなを巻き添えに自滅するようなこと、僕は絶対にしないよ」

 やった! と私は両手をグーに握って、みんなの方を振り返る。
 誰もが、ほっとしたような笑顔を浮かべてた。

「ああ。ま、そうなるだろうと思ってはいたけどよ。ジュブナイルってジャンルは、傷つきやすい思春期の人間のためのジャンルでもある。けど、傷つくってことは立ち向かってるってことでもあって、それはファンタジー作品の主人公のように立派だぜ」

「まー、いつお別れになるか分かんないから出会いが尊いわけだしねー! 考えすぎは毒だよ!」

「いずれ別れる日が来たとて、出会わないよりも良かったとは限りません。わたくしたちのようにね」

 私もジュブナイルさんに向き直って、言った。

「私も、大切だったけど手元からなくしちゃった本とか、あります。でも、大事な物語は、ずっと覚えてて忘れないですよ。そういう意味では、物語と私たちって、ずーっと一緒ですよね」

「花音ちゃん……ありがとう」

 その時、三島さんが、私の横にやってきて、ふうと息をついた。

「これでジュブナイルの棚も、もとの輝きを完全に取り戻すだろう。私の方がずっと司書の先輩なのに、すっかり君に助けられてしまったな」

 私はあわてて両手を横に振る。

「えっ!? いえいえ、そんなそんな」

「君はこの『夜の図書室』で、すべての精霊の願いをかなえてくれた。これで現実世界の図書室も復調して、当分は取り壊しだのなんだのということはないだろう。だから……私たちはお礼がしたいんだ。君の願いは、なにかないのか? 私たちができることなら、かなえてあげたい」

 わ、私の願いですか?
 そんなに急に言われても……
 あ、でも。

「し、しいて言うならですけど――」

 精霊のみんなが、ぐいっと私の方に集まってきた。
 しゃ、しゃべりづらいっ。

「――せっかく仲良くなったので、『夜の図書室』だけじゃなくて、学校に普通に、みなさんと一緒に通ってみたいな……なんて思ったりはしてまして。きっと楽しいですし、それにこんなに素敵な精霊さんたちがいるのに、みんな知らないなんてもったいないですしっ」

 それは、いつの間にか私の中に生まれてた願いだった。 
 私だけの特別な体験もいいんだけど、やっぱりどうしても、こんなに楽しい人たちを私が独り占めしてるのは、もったいないと思っちゃうんだよね。

 すると、いつもの雷鳴が聞こえてきた。

「あ、いけない! 帰らないと。それじゃ、みなさん……」

「ああ。またね、七月さん」

「はいっ。また明日!」

 そうして私は、勢ぞろいしたみんなに一斉に手を振られながら、夜世界を後にしたのだった。
 振り返ると、三島さん、ファンタジーさん、ジュブナイルさん、ミステリさん、ホラーさん、ラブロマンスさん、童話さん、絵本さん。
 全員が笑顔で。
 そして、みんなの後ろの本棚の全部がまぶしく輝いてる。
 どこか古ぼけてた図書室の建物そのものも、真新しくなったみたいに見えた。
 それは私が夜世界に来てから見た中で、一番幸せな光景だった。