すっとラブロマンスさんが手を出してきた。
つられて私も手を伸ばして、握手する。ひんやりとした、でも柔らかい感触。精霊さんの手はみんなどこか感覚が似てて、触れていて心地いい。
「花音。言っとくがそいつ、今、特にハイテンションてわけじゃねえからな。常にこうなんだよ」
「そうなんですか……常に……こう」
すると、後ろにいたミステリさんとホラーさんも――それぞれ、肩に童話さんと絵本さんを乗せながら――私たちのほうに来た。
「ラブロマンスのことは、わたくしも、決して嫌いではありませんし、愛情豊かな日々というのももちろんいいものなのですが」
「ひっひっひ。ま、ミーたちにとってはちょーっと参っちゃうこともあるよねえ」
ホラーさんの言葉に、三島さんに言われたことが頭の中でよみがえる。
「ホラーさん。わ、私が、なにかいけないんでしょうかっ」
ホラーさんはきょとんとする。
「へ? なーにがあ?」
「三島さんから、私がいるとなにかあるみたいなこと言われたんですけど……」
そういえばどういう仕掛けなのか、ホラーさんの全身に巻かれた包帯の端が、なんか所かぴこぴこって宙に浮いてた。
まるで猫のしっぽみたい。ホラーさんがにやりと笑うと、包帯の揺れ方が大きくなった。
「あー。あはは、そりゃカノカノがいたら、まずいなー」
「や、やっぱり!? 教えてください、私どうしたら……」
「んー。たとえばさ。カノカノって今、つき合ってる人いる?」
突然そんなことを言われて、頭の動きが止まっちゃった。
周りを見ると、みんなもぴたっと動きを止めてた。
へ、変な空気になっちゃったんですけど。
「つ、つき? いませんよ……?」
「一人も?」
「一人もです。ていうかいっときに二人以上とつき合うとかないです」
できるとも思えないけど。
「じゃあさ」
ホラーさんがまじめな顔になった。
私なのどを鳴らして、ホラーさんの言葉を待つ。
「宙に浮けて、体に包帯巻いた、髪の毛ピンクの男子ってどう思う? 好き?」
……。
今、なにを訊かれてるのかが、よく分からないんだけど……。
「どう……って、それ、ホラーさんのことでは?」
「まーそれはさておき、どう? 好きなタイプかな?」
「タイプっていうか、だからそんな人、ホラーさんしかいないんじゃ……」
ファンタジーさんが、近くにあった机を、たんと両手のひらて叩いた。
「ホラーお前! ジュブナイルだけじゃねえのか、抜け駆け野郎は!」
「えー、順番とか関係ある? なに、自分が最初にカノカノと知り合ったんだからとかそういうのかなー?」
ホラーさんはにんまりと笑ってる。
「そ、そんなんじゃねえよ」
「だいたい、抜け駆けって、自分がやろうとしてることをほかの人に先にやられちゃうことでしょ? 小生がなにを抜け駆けしようとしたっての? ファンタジーは、カノカノになにをどうしたいわけ?」
ファンタジーさんが、ぴたっと動きを止めた。
……な、なに? なにが起ころうとしてるの?
「ど、どうって、……それは、お前」
「うんうん。それは?」
ホラーさんの口が、完全にUの字になってた。
「それは、だからだなあ、その」
なにかを言いよどんでるファンタジーさんに、ホラーさんがびしいっと人差し指をつきつける。
「フフフ! 嫉妬とは見苦しいねェ、ファンタジー!」
「だっ!? 誰が嫉妬だっ!?」
「カノカノはね、君との危なっかしい冒険なんぞより、小生との安心安全ただし心臓麻痺上等の、恐怖体験のほうがお好みなんだよねエ!」
ど、どっちもお好みじゃありませんが!?
わたわたと二人を見回していると、そこに、ミステリさんが割って入った。
「まあまあ。ホラーも、そんなにたきつけることもありますまい。花音殿が困っておられますよ」
よ、よかった、ミステリさんはやっぱり落ち着いてる。
「ミステリさん、みんな変なんです! ……これ、なんなんですか?」
「これがつまり、ラブロマンスの力でして。精霊が胸に秘めた他者への好意を、胸の中に隠せなくなってしまうのです」
「……? ということは?」
「今の、花音殿をかけた精霊たちの口論は、彼らの本音そのものでして。お気に召した者がいれば、受け止めてあげてくださいな」
……なんとなく、分かってきた。
分かってきたけど、それって。
「ああ、もう少しかみ砕いて説明したほうがいいでしょうかね。つまり彼らは、花音殿をめぐって、恋のライバルとして争っているわけです」
わ……私をめぐって!?
恋のライバル!?
「え……えええ!? で、でもそんなわけないですよ! 私なんかを、みなさんがそんな……って、あれ? ミステリさん、なにしてるんですか?」
ミステリさんは、例の黒い手帳のページを、一枚ずつ破ってははらはらって地面に落としてる。
なにかを書いてる様子もないし、ひたすら紙を無駄にしてるだけに見えるんだけど……?
「ああ、これですか。ただの恋占いですよ」
「恋……占い?」
「人間でもよくやるでしょう? 花びらを一枚ずつちぎっては、この恋は実る、実らない、というあれです」
「あ、聞いたことありますね」
「つまり、花音殿がわたくしに、振り向いてくれる、くれないと。お忘れくださいますな、わたくしとて、花音殿をお慕いする者の一人なのですよ」
ひ、ひえっ!?
「ミ、ミステリさんまで、なにを!?」
「わたくしたちは精霊です。ですから、人間が持つ恋愛感情と同じものを持ち合わせていると言えるのかどうか、それは分かりません。しかし」
ミステリさんがそこまで言ったところで、ホラーさんが後のセリフを横取りした。
「しかしだねェ、かわいいカノカノと特別なカンケイになりたいな~っていうのは、小生もほかのみんなも同じ気持ちなわけ! もうこれは恋でいいでしょー!」
「い、いえいえいえよくないかもですよ!? ホラーさんとなんて、まだ出会ったばっかりですよ!?」
ホラーさんはあごに人差し指の先を当てて、小首をかしげる。
「それ言ったら、ここにいるみーんな会ってから何日とかそこらでしょ? あー、ミシマエルは違うか。それにしてもさ、カノカノが魅力的な女の子なんだからしょうがなくない?」
「そ、それがよく分からないんですって! 私、……自分が、男の子から魅力的に見えるなんて思ったこと、ないですよ」
私が、同年代の子と比べて、進んでるか遅れてるかなんて分からないけど――進んでるってことはないだろうな――中学生って、どんな恋愛をしてるものなんだろう。
男の子から見た時の、かわいい女の子ってどんなことを言うんだろう。
たくさんの男子からもてる女の子は、確かにいる。私のクラスにもいる。同じ学年で、何人もから告白されたっていう子の話も聞いてる。
でも少なくとも、私が、こんなに個性豊かなみなさんから、一斉に好きになられるなんて、素直に信じられるわけがない。
「んー、そうか。あのね、カノカノ。ホラー系の小説作品て、好き?」
ホラーさんてば、また唐突な質問をしてくる。
「怖いけど好き、っていうのはありますよ」
「うんうん。小生はね、ホラー作品がもっともっと読まれるといいなと思ってる。でも、ホラー作品を心から楽しむのに、一番大事なものってなんだと思う?」
「一番、ですか? ホラーだと……うーん私は……静かに、一人でそれを読める場所が大事かな……?」
「うんうん、確かにそうだ。いいねえ。それと同じくらい大事なのは、読む人の身が安全だってことなんだ。誰だって、差し迫ったリアルな恐怖があるのに、物語のホラーを楽しめないでしょ?」
あ、それはそうかも。
霊感があってお化けに毎晩襲われちゃう人がいたら、お化けの怪談なんて聞く余裕ないよね……。
「だから小生はホラー作品をたくさん読んでもらえると、裏を返せば、それだけ世の中が平和に近づいてるんだなって思えて……なによりの喜びなわけ。それが『夜の底の使い』にとらわれて、ああもういいかな、もう消えちゃおうかなーって時に、その気持ちをもう一度、思い出させてくれたのがァ……」
ホラーさんは、両手をくるくると回し出す。
「わ……私ですか?」
つられて私も手を伸ばして、握手する。ひんやりとした、でも柔らかい感触。精霊さんの手はみんなどこか感覚が似てて、触れていて心地いい。
「花音。言っとくがそいつ、今、特にハイテンションてわけじゃねえからな。常にこうなんだよ」
「そうなんですか……常に……こう」
すると、後ろにいたミステリさんとホラーさんも――それぞれ、肩に童話さんと絵本さんを乗せながら――私たちのほうに来た。
「ラブロマンスのことは、わたくしも、決して嫌いではありませんし、愛情豊かな日々というのももちろんいいものなのですが」
「ひっひっひ。ま、ミーたちにとってはちょーっと参っちゃうこともあるよねえ」
ホラーさんの言葉に、三島さんに言われたことが頭の中でよみがえる。
「ホラーさん。わ、私が、なにかいけないんでしょうかっ」
ホラーさんはきょとんとする。
「へ? なーにがあ?」
「三島さんから、私がいるとなにかあるみたいなこと言われたんですけど……」
そういえばどういう仕掛けなのか、ホラーさんの全身に巻かれた包帯の端が、なんか所かぴこぴこって宙に浮いてた。
まるで猫のしっぽみたい。ホラーさんがにやりと笑うと、包帯の揺れ方が大きくなった。
「あー。あはは、そりゃカノカノがいたら、まずいなー」
「や、やっぱり!? 教えてください、私どうしたら……」
「んー。たとえばさ。カノカノって今、つき合ってる人いる?」
突然そんなことを言われて、頭の動きが止まっちゃった。
周りを見ると、みんなもぴたっと動きを止めてた。
へ、変な空気になっちゃったんですけど。
「つ、つき? いませんよ……?」
「一人も?」
「一人もです。ていうかいっときに二人以上とつき合うとかないです」
できるとも思えないけど。
「じゃあさ」
ホラーさんがまじめな顔になった。
私なのどを鳴らして、ホラーさんの言葉を待つ。
「宙に浮けて、体に包帯巻いた、髪の毛ピンクの男子ってどう思う? 好き?」
……。
今、なにを訊かれてるのかが、よく分からないんだけど……。
「どう……って、それ、ホラーさんのことでは?」
「まーそれはさておき、どう? 好きなタイプかな?」
「タイプっていうか、だからそんな人、ホラーさんしかいないんじゃ……」
ファンタジーさんが、近くにあった机を、たんと両手のひらて叩いた。
「ホラーお前! ジュブナイルだけじゃねえのか、抜け駆け野郎は!」
「えー、順番とか関係ある? なに、自分が最初にカノカノと知り合ったんだからとかそういうのかなー?」
ホラーさんはにんまりと笑ってる。
「そ、そんなんじゃねえよ」
「だいたい、抜け駆けって、自分がやろうとしてることをほかの人に先にやられちゃうことでしょ? 小生がなにを抜け駆けしようとしたっての? ファンタジーは、カノカノになにをどうしたいわけ?」
ファンタジーさんが、ぴたっと動きを止めた。
……な、なに? なにが起ころうとしてるの?
「ど、どうって、……それは、お前」
「うんうん。それは?」
ホラーさんの口が、完全にUの字になってた。
「それは、だからだなあ、その」
なにかを言いよどんでるファンタジーさんに、ホラーさんがびしいっと人差し指をつきつける。
「フフフ! 嫉妬とは見苦しいねェ、ファンタジー!」
「だっ!? 誰が嫉妬だっ!?」
「カノカノはね、君との危なっかしい冒険なんぞより、小生との安心安全ただし心臓麻痺上等の、恐怖体験のほうがお好みなんだよねエ!」
ど、どっちもお好みじゃありませんが!?
わたわたと二人を見回していると、そこに、ミステリさんが割って入った。
「まあまあ。ホラーも、そんなにたきつけることもありますまい。花音殿が困っておられますよ」
よ、よかった、ミステリさんはやっぱり落ち着いてる。
「ミステリさん、みんな変なんです! ……これ、なんなんですか?」
「これがつまり、ラブロマンスの力でして。精霊が胸に秘めた他者への好意を、胸の中に隠せなくなってしまうのです」
「……? ということは?」
「今の、花音殿をかけた精霊たちの口論は、彼らの本音そのものでして。お気に召した者がいれば、受け止めてあげてくださいな」
……なんとなく、分かってきた。
分かってきたけど、それって。
「ああ、もう少しかみ砕いて説明したほうがいいでしょうかね。つまり彼らは、花音殿をめぐって、恋のライバルとして争っているわけです」
わ……私をめぐって!?
恋のライバル!?
「え……えええ!? で、でもそんなわけないですよ! 私なんかを、みなさんがそんな……って、あれ? ミステリさん、なにしてるんですか?」
ミステリさんは、例の黒い手帳のページを、一枚ずつ破ってははらはらって地面に落としてる。
なにかを書いてる様子もないし、ひたすら紙を無駄にしてるだけに見えるんだけど……?
「ああ、これですか。ただの恋占いですよ」
「恋……占い?」
「人間でもよくやるでしょう? 花びらを一枚ずつちぎっては、この恋は実る、実らない、というあれです」
「あ、聞いたことありますね」
「つまり、花音殿がわたくしに、振り向いてくれる、くれないと。お忘れくださいますな、わたくしとて、花音殿をお慕いする者の一人なのですよ」
ひ、ひえっ!?
「ミ、ミステリさんまで、なにを!?」
「わたくしたちは精霊です。ですから、人間が持つ恋愛感情と同じものを持ち合わせていると言えるのかどうか、それは分かりません。しかし」
ミステリさんがそこまで言ったところで、ホラーさんが後のセリフを横取りした。
「しかしだねェ、かわいいカノカノと特別なカンケイになりたいな~っていうのは、小生もほかのみんなも同じ気持ちなわけ! もうこれは恋でいいでしょー!」
「い、いえいえいえよくないかもですよ!? ホラーさんとなんて、まだ出会ったばっかりですよ!?」
ホラーさんはあごに人差し指の先を当てて、小首をかしげる。
「それ言ったら、ここにいるみーんな会ってから何日とかそこらでしょ? あー、ミシマエルは違うか。それにしてもさ、カノカノが魅力的な女の子なんだからしょうがなくない?」
「そ、それがよく分からないんですって! 私、……自分が、男の子から魅力的に見えるなんて思ったこと、ないですよ」
私が、同年代の子と比べて、進んでるか遅れてるかなんて分からないけど――進んでるってことはないだろうな――中学生って、どんな恋愛をしてるものなんだろう。
男の子から見た時の、かわいい女の子ってどんなことを言うんだろう。
たくさんの男子からもてる女の子は、確かにいる。私のクラスにもいる。同じ学年で、何人もから告白されたっていう子の話も聞いてる。
でも少なくとも、私が、こんなに個性豊かなみなさんから、一斉に好きになられるなんて、素直に信じられるわけがない。
「んー、そうか。あのね、カノカノ。ホラー系の小説作品て、好き?」
ホラーさんてば、また唐突な質問をしてくる。
「怖いけど好き、っていうのはありますよ」
「うんうん。小生はね、ホラー作品がもっともっと読まれるといいなと思ってる。でも、ホラー作品を心から楽しむのに、一番大事なものってなんだと思う?」
「一番、ですか? ホラーだと……うーん私は……静かに、一人でそれを読める場所が大事かな……?」
「うんうん、確かにそうだ。いいねえ。それと同じくらい大事なのは、読む人の身が安全だってことなんだ。誰だって、差し迫ったリアルな恐怖があるのに、物語のホラーを楽しめないでしょ?」
あ、それはそうかも。
霊感があってお化けに毎晩襲われちゃう人がいたら、お化けの怪談なんて聞く余裕ないよね……。
「だから小生はホラー作品をたくさん読んでもらえると、裏を返せば、それだけ世の中が平和に近づいてるんだなって思えて……なによりの喜びなわけ。それが『夜の底の使い』にとらわれて、ああもういいかな、もう消えちゃおうかなーって時に、その気持ちをもう一度、思い出させてくれたのがァ……」
ホラーさんは、両手をくるくると回し出す。
「わ……私ですか?」
