はいっ、とうなずいて、私たちは一階に降りた。
……正確には、降りようとした。
今通ってきたばかりの踊り場を今度は逆にターンすれば、すぐ下には一階の廊下があるはず……だったんだけど。
「……ミステリさん」
「なんでございましょう」
「……なんで、踊り場の下が踊り場なんでしょうか」
階段の下にあったのは廊下じゃなくて、いま私たちがいるのとは逆側に折れている踊り場だった。
踊り場が二つ必要なほど高い階なんて、うちの学校にはないのに。
それ以前に、たった今通ってきた階段のつくりが一瞬で変わってるなんて、ありえない。
「ミステリさん、これって」
「無限階段、ですな」
絵本さんが飛び上がる。
「えーっ! どうすんだよ!? 今まではお化けとかを見るだけだったけど、今回はミーたちが閉じ込められてるんじゃんか!」
「むう。絵本、悪いが下を見に行ってください。童話、上の階がどうなっているのか飛んで見てきてください。なにか異変があれば、すぐお戻りを」
あいよっ、と絵本さん。分かりましたあ、と童話さん。
それぞれが、ぴょこぴょこふわふわと階段の下と上に消えていった。
……のだけど。
「あれえ? なんでですう?」
そう言って、童話さんが下の階から飛んできた。
ということは……と思って上を見たら、絵本さんが駆け下りてくるところだった。
「えーっ! なんでお前ら、そこにいるんだよ!?」
「私たち、動いてないですよ!?」
ループする階段に、閉じ込められた!?
さっき絵本さんが言ったみたいに、今までは奇妙な出来事が目の前で起きてるだけだったから、ミステリさんもいるし、深刻に不安ってわけじゃなかった。
でもこんなの、ミステリさんも――もちろん私たちも、どうしようもないんじゃ……。
「フフフ。いよいよ、本格的なのがきたようですね。今までの子供だましのようなものではなくて」
「子供だまし、ですか? 今までのが?」
「ええ。他愛ないいたずらでしたな。すでに、犯人も見当がついております」
ミステリさんが、例の黒い手帳を出してぱらぱらとめくった。
「犯人? ……七不思議に犯人なんているんですか?」
「今回に限っては、ですね。ですので不思議と呼ぶほどのものではありませんな。順番に行きますか――」
ミステリさんが、手帳をぱたんと閉じて内ポケットにしまった。
……なんで出したんだろう。
「まず、動き出す人体模型。これは厳密には、動き出すところを見た人はいません。誰かが持ち去っただけでしょう」
「それは、そうかもしれませんけど」
「次に、無人の音楽室から聞こえるピアノ。これも、わたくしたちが音楽室に入るまでに誰かが弾いていて、わたくしたちが来ると寸前にどこかへ隠れただけでしょう。ひとりでにピアノが鳴るのを、わたくしたちが見たわけではありません」
「それもそうですけど……でもあの時、ピアノを弾いてた人がすぐに隠れられるところなんて、なかったですよ」
「あったではありませんか。動いているものが」
……動いているもの?
「え……ベートーベンの目……?」
「そうです。あの時ピアノを弾いていた犯人は、ベートーベンの肖像画の裏に隠れて、肖像画の目の部分をくり抜き、驚いているわたくしたちを覗いて楽しんでいたのですよ」
「肖像画の裏って、壁じゃないですか?」
そう言う私に、ミステリさんは当たり前のような顔で答えてくる。
「それもくり抜いたのでしょう」
くり抜き……って、か、簡単に言うけども。
「じゃ、じゃあ、保健室のベッドの下は? 死体があったんですよね? 血まみれの……」
「血と決まったわけではありません。わたくしは、赤い液体としか言っておりませんよ」
……そう……だったかな。
「で、でも、大けがした人の亡骸があるって。それも、見覚えがある人のとか言ってませんでした?」
ミステリさんは、長い青い髪をぱさりとかき上げた。
「いかにも。今にして思えばですが、あれは、赤インクまみれの人体模型だった気がします。ベッドの下だったので、暗くてよく見えませんでしたが」
「人体模型? じゃあ、生物室にあったものですか?」
「そうです。頭の中身とか内臓とかも丸出しで、これはとんでもない大けがだと思ったのですが。今にして思えば、人間ではなく人形だったようです。今思えば、どうりで服も着ていないしやたら肌がつるつるしているなと」
い、今にして思えばが多い!
人体模型……。
……私の、あの時の恐怖を返してほしいんですが……。
ていうか、人間じゃなくて人体模型だってことくらいすぐに気づいてほしいっていうのは、だめなのかな……。
「え、えーと、じゃあ、四階のトイレの、『こっちに来い』っていう声は……あれは、人体模型関係ないですよね?」
「ええ。あの声の主こそが、一連の出来事の犯人でしょう」
「四階の、壁の外から声がしたんですけど……」
「外にいたのでしょう」
「四階の外は空中なんですけど……」
「空中にいたのでしょう」とミステリさんはあっさり言う。「犯人は空が飛べるのですよ。だからこそ、保健室にあった人体模型をベッドの下から取り出して、屋上まで持っていって、女子用の制服を着せて地面に落とすことができた、と」
屋上の、女子用の制服を着た……
「あ、あれ人体模型だったんですか!?」
「おそらくは。制服は、校内のどこかでサンプルでも調達したのでしょうな」
ミステリさんが周りをくるりと指さして言う。
「じゃああの時、私たちが地面に落ちたものを見に行けば、そこには……」
「壊れた人体模型が転がっていたはずです」
幽霊でも、人間でもなかった。それはちょっと気持ちが楽になるな。
あ、でも。
「……でもあの時、ミステリさん、私が見に行こうとするの止めましたよね? なんでですか?」
「ええ。そうしなければ、せっかくの仕掛けを最後まで楽しむことができませんから」
楽しむ?
……私は、怖いことばっかりだったんだけど……。
「でも、ミステリさんが今までのが他愛ないいたずらって言ってたのは、意味が分かってきました。この無限階段は、犯人がちょっといたずらするのとは、レベルが違いますもんね」
「ええ。どうやってこんなものを用意したのか、ぜひ聞いてみたいくらいです」
ミステリさんが、かつんとかかとを鳴らした――たぶんあんまり意味はなく。
そうしたら、童話さんと絵本さんが、口々に言ってきた。
「もういいんじゃないでしょうかあ、犯人の名前を呼んでも」
「だよなあ。これ以上やると、ミーたちはともかく花音が怒り出しかねないぜ」
……えっえっ。
なに、その口ぶりは?
「あれ、ミステリさんはともかく、童話さんや絵本さんは、犯人が誰だか分ってるの?」
「はいですう。ちょっと前から、まあそうかなって思ってましたあ」
「こんなことするの、あいつしかいねえもん」
分かってるんだ!? ちょっと前から!?
「わー、じゃあ、分かってないの私だけ!?」
私はほっぺたを両手で包んで、赤面しちゃった。
「花音さんはしょうがないですう。ウチらと違って、まだあの人と会ったことないですからあ」
「そうそう。おいミステリ、もう犯人呼べよ。あいつもじゅうぶん、慌てふためくミーたちを見て楽しんだだろ」
ミステリさんは、絵本さんにそう言われると、ふうと息をついて、どこまでも続く階段の上のほうを見た。
「そうですね。お開きにしましょうか。……姿を現しなさい、ホラー!」
ホラー?
えっ? じゃあ犯人って、精霊の一人!?
すると、今まで無限に続いてた階段がすうっと消えて、いつの間にか私たちは一階の廊下にいた。
「あれっ!? 元に戻りました、私たち!?」
「犯人が観念したのでしょう。彼はわたくしたちの仲間、本の精霊、ホラーです」
「……その人……空飛べるんですか? え、精霊ってみんな飛べるんですか?」
「飛べる者と飛べない者がおりますよ。たとえばほら、童話はしょっちゅう飛んでいるでしょう」
私の目線の高さで、童話さんが耳でぱたぱた飛んでる。
……言われてみれば、姿がうさぎだから気にしてなかったけど、そういえばそうだな……。
なんて思っていたら。
「あっはっはあ! ヤレヤレ、参るなあ! 種明かしには早いんじゃないのー?」
どこからともなく、そんな声が響く。
私はくるっと一回転して周りを見たけど、誰もいない。
これって、さっきのトイレの時と同じ声だ。
「ここ、ここ!」
この声……上からしてる?
とっさに、スカートの中のスマホに手を伸ばすと、魔法書が上を指してた。
私は、ぱっと真上を見上げた。
すると……
「きゃああああっ!?」
……正確には、降りようとした。
今通ってきたばかりの踊り場を今度は逆にターンすれば、すぐ下には一階の廊下があるはず……だったんだけど。
「……ミステリさん」
「なんでございましょう」
「……なんで、踊り場の下が踊り場なんでしょうか」
階段の下にあったのは廊下じゃなくて、いま私たちがいるのとは逆側に折れている踊り場だった。
踊り場が二つ必要なほど高い階なんて、うちの学校にはないのに。
それ以前に、たった今通ってきた階段のつくりが一瞬で変わってるなんて、ありえない。
「ミステリさん、これって」
「無限階段、ですな」
絵本さんが飛び上がる。
「えーっ! どうすんだよ!? 今まではお化けとかを見るだけだったけど、今回はミーたちが閉じ込められてるんじゃんか!」
「むう。絵本、悪いが下を見に行ってください。童話、上の階がどうなっているのか飛んで見てきてください。なにか異変があれば、すぐお戻りを」
あいよっ、と絵本さん。分かりましたあ、と童話さん。
それぞれが、ぴょこぴょこふわふわと階段の下と上に消えていった。
……のだけど。
「あれえ? なんでですう?」
そう言って、童話さんが下の階から飛んできた。
ということは……と思って上を見たら、絵本さんが駆け下りてくるところだった。
「えーっ! なんでお前ら、そこにいるんだよ!?」
「私たち、動いてないですよ!?」
ループする階段に、閉じ込められた!?
さっき絵本さんが言ったみたいに、今までは奇妙な出来事が目の前で起きてるだけだったから、ミステリさんもいるし、深刻に不安ってわけじゃなかった。
でもこんなの、ミステリさんも――もちろん私たちも、どうしようもないんじゃ……。
「フフフ。いよいよ、本格的なのがきたようですね。今までの子供だましのようなものではなくて」
「子供だまし、ですか? 今までのが?」
「ええ。他愛ないいたずらでしたな。すでに、犯人も見当がついております」
ミステリさんが、例の黒い手帳を出してぱらぱらとめくった。
「犯人? ……七不思議に犯人なんているんですか?」
「今回に限っては、ですね。ですので不思議と呼ぶほどのものではありませんな。順番に行きますか――」
ミステリさんが、手帳をぱたんと閉じて内ポケットにしまった。
……なんで出したんだろう。
「まず、動き出す人体模型。これは厳密には、動き出すところを見た人はいません。誰かが持ち去っただけでしょう」
「それは、そうかもしれませんけど」
「次に、無人の音楽室から聞こえるピアノ。これも、わたくしたちが音楽室に入るまでに誰かが弾いていて、わたくしたちが来ると寸前にどこかへ隠れただけでしょう。ひとりでにピアノが鳴るのを、わたくしたちが見たわけではありません」
「それもそうですけど……でもあの時、ピアノを弾いてた人がすぐに隠れられるところなんて、なかったですよ」
「あったではありませんか。動いているものが」
……動いているもの?
「え……ベートーベンの目……?」
「そうです。あの時ピアノを弾いていた犯人は、ベートーベンの肖像画の裏に隠れて、肖像画の目の部分をくり抜き、驚いているわたくしたちを覗いて楽しんでいたのですよ」
「肖像画の裏って、壁じゃないですか?」
そう言う私に、ミステリさんは当たり前のような顔で答えてくる。
「それもくり抜いたのでしょう」
くり抜き……って、か、簡単に言うけども。
「じゃ、じゃあ、保健室のベッドの下は? 死体があったんですよね? 血まみれの……」
「血と決まったわけではありません。わたくしは、赤い液体としか言っておりませんよ」
……そう……だったかな。
「で、でも、大けがした人の亡骸があるって。それも、見覚えがある人のとか言ってませんでした?」
ミステリさんは、長い青い髪をぱさりとかき上げた。
「いかにも。今にして思えばですが、あれは、赤インクまみれの人体模型だった気がします。ベッドの下だったので、暗くてよく見えませんでしたが」
「人体模型? じゃあ、生物室にあったものですか?」
「そうです。頭の中身とか内臓とかも丸出しで、これはとんでもない大けがだと思ったのですが。今にして思えば、人間ではなく人形だったようです。今思えば、どうりで服も着ていないしやたら肌がつるつるしているなと」
い、今にして思えばが多い!
人体模型……。
……私の、あの時の恐怖を返してほしいんですが……。
ていうか、人間じゃなくて人体模型だってことくらいすぐに気づいてほしいっていうのは、だめなのかな……。
「え、えーと、じゃあ、四階のトイレの、『こっちに来い』っていう声は……あれは、人体模型関係ないですよね?」
「ええ。あの声の主こそが、一連の出来事の犯人でしょう」
「四階の、壁の外から声がしたんですけど……」
「外にいたのでしょう」
「四階の外は空中なんですけど……」
「空中にいたのでしょう」とミステリさんはあっさり言う。「犯人は空が飛べるのですよ。だからこそ、保健室にあった人体模型をベッドの下から取り出して、屋上まで持っていって、女子用の制服を着せて地面に落とすことができた、と」
屋上の、女子用の制服を着た……
「あ、あれ人体模型だったんですか!?」
「おそらくは。制服は、校内のどこかでサンプルでも調達したのでしょうな」
ミステリさんが周りをくるりと指さして言う。
「じゃああの時、私たちが地面に落ちたものを見に行けば、そこには……」
「壊れた人体模型が転がっていたはずです」
幽霊でも、人間でもなかった。それはちょっと気持ちが楽になるな。
あ、でも。
「……でもあの時、ミステリさん、私が見に行こうとするの止めましたよね? なんでですか?」
「ええ。そうしなければ、せっかくの仕掛けを最後まで楽しむことができませんから」
楽しむ?
……私は、怖いことばっかりだったんだけど……。
「でも、ミステリさんが今までのが他愛ないいたずらって言ってたのは、意味が分かってきました。この無限階段は、犯人がちょっといたずらするのとは、レベルが違いますもんね」
「ええ。どうやってこんなものを用意したのか、ぜひ聞いてみたいくらいです」
ミステリさんが、かつんとかかとを鳴らした――たぶんあんまり意味はなく。
そうしたら、童話さんと絵本さんが、口々に言ってきた。
「もういいんじゃないでしょうかあ、犯人の名前を呼んでも」
「だよなあ。これ以上やると、ミーたちはともかく花音が怒り出しかねないぜ」
……えっえっ。
なに、その口ぶりは?
「あれ、ミステリさんはともかく、童話さんや絵本さんは、犯人が誰だか分ってるの?」
「はいですう。ちょっと前から、まあそうかなって思ってましたあ」
「こんなことするの、あいつしかいねえもん」
分かってるんだ!? ちょっと前から!?
「わー、じゃあ、分かってないの私だけ!?」
私はほっぺたを両手で包んで、赤面しちゃった。
「花音さんはしょうがないですう。ウチらと違って、まだあの人と会ったことないですからあ」
「そうそう。おいミステリ、もう犯人呼べよ。あいつもじゅうぶん、慌てふためくミーたちを見て楽しんだだろ」
ミステリさんは、絵本さんにそう言われると、ふうと息をついて、どこまでも続く階段の上のほうを見た。
「そうですね。お開きにしましょうか。……姿を現しなさい、ホラー!」
ホラー?
えっ? じゃあ犯人って、精霊の一人!?
すると、今まで無限に続いてた階段がすうっと消えて、いつの間にか私たちは一階の廊下にいた。
「あれっ!? 元に戻りました、私たち!?」
「犯人が観念したのでしょう。彼はわたくしたちの仲間、本の精霊、ホラーです」
「……その人……空飛べるんですか? え、精霊ってみんな飛べるんですか?」
「飛べる者と飛べない者がおりますよ。たとえばほら、童話はしょっちゅう飛んでいるでしょう」
私の目線の高さで、童話さんが耳でぱたぱた飛んでる。
……言われてみれば、姿がうさぎだから気にしてなかったけど、そういえばそうだな……。
なんて思っていたら。
「あっはっはあ! ヤレヤレ、参るなあ! 種明かしには早いんじゃないのー?」
どこからともなく、そんな声が響く。
私はくるっと一回転して周りを見たけど、誰もいない。
これって、さっきのトイレの時と同じ声だ。
「ここ、ここ!」
この声……上からしてる?
とっさに、スカートの中のスマホに手を伸ばすと、魔法書が上を指してた。
私は、ぱっと真上を見上げた。
すると……
「きゃああああっ!?」
