「話は戻りますが、牛口さんは、そもそも現場は見ていないということですよね?」
「まあ、そうなるな」
「でしたら、近江さんが兄を殺したという証拠はあるんですか?」
「証拠?」
牛口が下卑た笑みを浮かべながら椅子から立ち上がった。
ふと、天井のランプがゆらりとゆらめく。
紗理奈も反射でその場に立ち上がる。
「君の元に、堂本陽太の遺留品が届いていただろう? あれは実は近江の警察バッジなんだよ」
確かに紗理奈の元へと兄の遺留品として警察バッジが届いていた。
お守りの代わりに後生大事に所持している。
「どうしてあのバッジがお兄ちゃんのバッジじゃなくて、近江さんのバッジだって分かるんですか?」
すると、牛口が大仰に肩をすくめた。
「そんなの簡単だ。俺が見たからだよ。堂本が近江の警察バッジを引きちぎっているところをさ! さあ、堂本陽太の妹の紗理奈さん、兄の事件の真相究明のために、俺に遺留品のバッジを渡してくれないか? 鑑識のやつらに渡したら、きっと近江のバッジだって分かるはずだ」
紗理奈は牛口をまっすぐに見据えながら、きっぱりと告げた。
「牛口さん、あなた、嘘を吐いていますね」
「はあ? 何を言っている?」
「だって、貴方が言ったんじゃないですか。現場に辿りついた時には、近江さんと駿河さんが先にいて、お兄ちゃんはもう死んでしまっていたって。だったら、近江さんの警察バッジを引きちぎっている場所を見ることができるはずがないんです!」
牛口の目に怪しい光が宿った。
紗理奈は叫んだ。
「おおかた、この警察バッジは貴方のものなんじゃないですか? 貴方のものだって分かったらマズいから、渡せって言ってきてるんでしょう!?」
「俺を犯人呼ばわりするのか!?」
牛口が激昂した。
紗理奈は絶対に怯まない。
「私、思い出したんです。貴方、鼠川組と裏で関係があって、警察を辞職しないといけなくなった人でしょう? 私は刑事じゃありませんが、新聞記者の情報網を舐めないでください!」
「お前、せっかく下手に出ておけば!!」
牛口が紗理奈に向かって手を伸ばしてくる。
さっと避けて躱した。
しかしながら、牛口がにじり寄ってくるため、紗理奈は背後へとじりじりと下がった。
「……図星だったんですか?」
はったりも利かせないと有用な情報を手に入れられないからと、紗理奈としては矛盾を突きつつ思い付きを口にしたのだが……
(どうやら大正解だったみたいね)
とはいえ、ピンチに陥ってしまっているのは確かだ。
すると……
「俺は今から千絵と幸せな家庭を築くんだ! だけど、堂本陽太が死ぬ原因になった証拠を君が握っている」
牛口がべらべらと供述を始めた。
「私はお兄ちゃんが死ぬ原因なんて知らなくて……」
「お前が気づいていないだけだ……君に遺留品として届けられたものに……俺の指紋が残っている。ちゃんと俺の指紋は全て隠ぺいしたはずだったけれど……最近は捜査内容も進んできてしまってね。いよいよ君に預けたものを差し出されたら、俺は一貫の終わりなんだよ」
「そんなの……貴方が悪いんじゃない!」
「近江に罪が向かうように証拠は捏造してあるし、新聞社だって買収してある。あとは君さえ事故で死んでくれれば、話は終わりだ」
「この状況で事故だとか、無理がありすぎるでしょう!?」
だが、逆上しきっている牛口には話が通じない。
牛口の手が今度こそ掴みかかってくる。
紗理奈はあらん限りの声で叫んだ。
「誰か! 助けて! 近江さん!」


