牛口が何を考えているかは分からない。しかも見知らぬ土地だ。
だからこそ、そんな人物の勧めで酒を飲むなんて、本当は避けたかった。
けれども、牛口から情報を聞き出すためにも、紗理奈が牛口に警戒しているそぶりを見せるのは望ましくないだろう。
「わかりました。でしたら、ぜひ」
そうして、サングラスをかけたバーのマスターと思しき人物が運んできた酒に口をつける。
飲んだ瞬間、一気に身体が熱くなったが、すぐに引いていく。飲みやすい味だったので、そのまま全て飲み干した。
紗理奈が酒を口にしたのを確認した後、牛口が話し始める。
「君に謝りたいことがあるんだ」
「謝りたいこと、ですか?」
ふと、紗理奈は周囲を見渡した。
気付けば、先ほどまで周囲にいた人たちの姿はいなくなってしまっている。
バーのマスターと思しき人物さえもいない。
薄暗い部屋の中、牛口と紗理奈の二人きりになってしまっていた。
「ああ、君のお兄さん、堂本陽太を助けられなかった一件についてだ」
紗理奈はハッとすると同時に相手への警戒心を強くする。
「……兄はヤクザとの抗争に巻き込まれて死んだと、警察からは聞いています。警察が駆けつけた時には、兄はもう死んでしまっていたと」
「そうだね、表向きはそういう話になっているね」
「表向き、ですか?」
「そう、表向きだ。君の兄さんを殺したのは……」
紗理奈は即座に答えた。
「近江さんだって仰りたいんですか?」
牛口がふっと微笑んだ。
「話が早いじゃないか。そうだよ、その通りだ。君の兄を殺したのは――近江圭一、あいつなんだ」
紗理奈は毅然とした口調で返す。
「近江さんに、兄を殺す理由はありません」
すると、牛口が「ハッ」と吐き捨てるように笑った。
「近江が殺す理由は、駿河千絵だよ」
昨日出会った、近江の元婚約者。
彼女の名を耳にして、紗理奈の鼓動が少しだけ速くなる。
「近江と堂本と千恵と俺は、警察学校の同期だった」
牛口が語る過去の話を紗理奈は黙って聞くことにした。
「当時の警視総監の孫娘だった駿河千絵と、副総監の息子だった近江とは、いわゆる政略結婚の間柄だった。けれど、君の兄である堂本陽太と駿河千絵は恋仲になってしまったんだ」
「え……?」
紗理奈は驚いた。
(お兄ちゃんと駿河千恵さんが恋仲に……?)
兄は誰かの彼女に懸想するようなタイプの男性ではなかったため、正直耳を疑ってしまった。
「近江は潔癖な男だ。自分という婚約者がいるのに、許せなかったんだろう。ヤクザの抗争がおこなわれている話を、堂本に吹き込んだんだよ。そうして、堂本は単独でヤクザの抗争の現場へと向かった。そこで、銃が暴発したと見せかけて、近江が堂本を殺害したんだ」
流暢な口調で語る牛口に向かって、紗理奈は問いかける。
「牛口さんはその時何をなさっていたんですか?」
「堂本の元へと千絵が先に向かった後、近江の後、俺が最後に現場に到着したんだ。その時にはもう堂本は死んでしまっていた」
「だったら、貴方は近江さんがお兄ちゃんを殺した現場は見ていない。もしかしたら、お兄ちゃんを殺した犯人は、駿河さんの可能性があるじゃないですか?」
「俺は鑑識課の所属だったんだ。堂本の銃に千絵の指紋は残っていなかった」
牛口が得意げに話すなか、紗理奈は怯まずに続けた。


