夕方近くになった。
紗理奈はベッドの上、クッションを抱きしめながら考え事をしていた。
普段なら、まだまだ仕事に励んで執筆をしている時間だが、昨日の一件もあってか、なんだか気乗りしなかったのだ。気分の上がり下がりで仕事をしてはいけないのは重々承知だが、こんな気持ちのまま良い記事を書くことは出来ないだろう。
「近江さんが何を考えているのか分からない」
彼の伝えたいこと。
今朝までは悪い予感しかしていなかったけれど……今朝の彼の様子を振り返るに、悪い話ではない気がしてきている。
婚約者の件だって……冷静になって考えてもみれば、きっと近江の性格だから嘘を吐くつもりはなかったのだろう。
「たぶん今の私たちの間には必要のない話だからしていなかっただけ……だと思う」
まだひと月程度しか一緒に暮らしてはいないが、なんとなく近江の性格だったら、そういう選択をしそうだと思ったのだ。
「今回の期間限定の恋人の話だって、そもそも近江さんから責任を取りたいから一緒に暮らしたいって言われたのに、私がごちゃごちゃ言ったから、期間限定の恋人になってくれただけで……」
紗理奈はハアっとため息を吐いた。
(確かに近江さんからすれば、私に対して最初から恋愛感情があったわけじゃないと思う)
だけど……
「『陽太の代わりに君を守る』と話してくれた近江さんの言葉には嘘はないと思う」
兄の件の話もある。
怖いけれど……
「ちゃんと話を聞かなきゃ」
紗理奈は今晩こそ近江としっかり向き合うのだと心に決めたのだった。
色々なことを判断するのは、話を聞いてからでも遅くはないはずなのだから。
紗理奈が決意を新たにPCへと向かおうとし、その時。
スマホの着信音が鳴る。
「後藤局長?」
スマホをタップして電話に出る。
『おい! 堂本! 俺の送ったメールは見たか?』
「え?」
慌てた調子の後藤局長に促されたまま、受信メールの確認をする。
メールにはライバル新聞社が明日の朝刊に掲載するらしい記事の詳細が記載されていた。
『俺の伝手からの話だが、どうやら近江警視正が逮捕されたらしい』
「え……?」
『裏付けがしっかりしていないから、まだニュース速報も流れていないらしい。そもそも近江警視総監の息子なんで、テレビ局や新聞局の動きをしばらく抑え込んでいるんじゃないかと思っているんだが」
「そんな……」
「それで、ライバル新聞社がその記事を明日の新聞一面に載せるらしいんだ!』
記載される予定の記事の内容を見て、紗理奈は瞠目した。
「な……」
なんと……
『警察庁のエリート警視正、過去に同僚刑事を殺害か』


