相手が警察だというのなら正直に答えてやりたくはなかったが、後々面倒なことになっては勤めている会社に迷惑がかかってしまうだろう。
 紗理奈は、社会人として仕方なく答えることにした。

「堂本紗理奈です」

 瞬間。
 目の前の美青年の瞳にすっと影が宿った気がした。

「堂本?」

「ええ、そうです」

 もしかして兄の知り合いだろうか?
 そんなことを思う間もなく、近江が淡々と事情聴取を続けてくる。
 だいたいの聴取は終わった頃。

「以上だ」

 近江の言葉を皮切りに、今度こそ紗理奈はその場を立ち去ることにする。

「それでは」

 だがしかし。
 それまで事務的な態度だった近江が、言葉を掛けてきた。

「先ほどの君の行為、正当防衛の範囲を超えていたぞ」

 もしかして注意してこようというのだろうか?
 身構えていると、近江が続けた。

「勇気と無謀は違うものだ。正義感が強いのは良いが、いずれは身を滅ぼすぞ」

 ドクン。
 紗理奈の全身が総毛立つ。

(その言葉は……)

 ドクンドクンドクン。
 鼓動が煩くなってくる。

「君みたいなやつが、すぐ死ぬんだ」

 険のある言葉。

(それは……だって……)

 警察学校に通っていた頃の兄のことを思い出す。

『紗理奈、聞いてくれよ。兄ちゃん、親友からな、こう言われたんだ』

『なんて言われたの?』

『正義感が強いのが良いところだが、いずれ身を滅ぼすぞ、ってさ』

『なあに、そのお友達、意地悪なんだから』

『優秀だけど、大人しくて放っておけない奴なんだよ。お前にいつか紹介するからさ。あと、もう一人、大事な人もな』

 だがしかし、兄の親友の言葉通りというべきか。
 刑事になったと喜んでいた矢先。
 兄は、ヤクザの抗争制圧に乗り込んだ際に単独行動を取って死亡してしまったのだ。
 死因は銃が暴発しての怪我による大量失血死だという。
 そもそもどうして兄が単独行動をとることになったのか?
 他の警察たちは何をしていたのか?
 事件に関して曖昧な返事しか警察からは伝えられることはなく、不可解な点を残したまま、真実は闇に葬り去られてしまった。

『許せない、警察なんて大嫌い』

 だからこそ、紗理奈は真実を暴くことのできる新聞記者としての道を選んだのだ。
 そして、もしも兄の死の真相を知ることができたなら……

『正義感が強いのが良いところだが、いずれ身を滅ぼすぞ』

 兄が親友に掛けられたという言葉。
 そっくりそのまま同じだったせいだろうか?
 紗理奈は兄のことを思い出して前後不覚に陥った。
 胸は痛みを増してくる。
 ズキン。
 ズキン。
 ズキン。
 兄が死んだことを思い出していたせいもあってか、なんだか苦しくて息がしづらくて仕方がない。
 普段だったら、勢いよく相手に噛みついている頃だったけれど……
 紗理奈の瞳からぽろぽろと涙が勝手に溢れ出した。