しばらく無言のまま降りていたが、ちょうど足場の悪い場所へと差し掛かる。
 山上から流れる川の石場を歩かないといけない。
 すると、前を歩く近江が手を差し出してきた。

「堂本紗理奈、ここは足場が悪い。手を」

「ええっと、これぐらいの岩なら一人で大丈夫ですよ……って、きゃっ……!」

 行った傍から、岩に移る前だというのに、ちょっとだけ足を滑らせてしまう。
 再び近江が手を差し出してきた。

「ほら、俺の言った通りだろう?」

「ごめんなさい、学習能力がなくて……」

 紗理奈は近江の手をとった。
 すると、近江がクスリと笑う。

「いいや、お前といると陽太を思い出して悪くない。さあ、行こうか」

「はい!」

 そうして、二人で一緒に険しい岩場をこなす。
 また元の整備された道に戻った頃には、ちょうど陽が沈みはじめていた。
 紗理奈は、登りの時以上に、近江の背中が逞しく感じたのだった。

「どうした、堂本紗理奈、疲れたのか?」

「ええっと……」

「仕方がない奴だな。登山で疲れたならおぶってやろうか?」

「ええっ、さすがにそこまで疲れてはないですよ!」

「そうか……」

 そうして、再び近江が前を歩きはじめた。
 と思いきや、くるりと突然振り向いてきた。
 紗理奈は驚いたため、身体がびくりと跳ね上がる。
 沈む太陽の逆光で、近江の表情がよく見えない。
 彼がゆっくりと口を開いた。

「堂本紗理奈、俺は――」

 ドクン。
 紗理奈の心臓が早鐘を打ち始める。
 そうして、近江が力強く告げた。

「あいつの代わりにお前を守ると誓っている」

 紗理奈の胸に温かな春風が吹きすさぶ。

「脅迫状を送ってきた犯人も、必ず俺が捕まえてみせる。待っていてほしい」

 逆光で見えづらい。
 だけど、近江の瞳には力強い光が宿っていた。

「はい、ありがとうございます」

 なんだか胸がムズムズしながら、紗理奈は返事をする。

「そうか、ありがとう」

 近江がふっと口元を綻ばせた。
 今日の彼は珍しくよく微笑む。
 そのせいもあってか、紗理奈の心臓のドキドキが止まらない。

(ぶっきらぼうで寡黙な近江さん。だけど……)

 紗理奈の胸の内に近江に対して特別な感情が芽生え始めていたのだった。