近江警視正。
美青年はやはり警察のようだ。
紗理奈の中に警戒心が芽生える。
(やっぱり警察だったのね)
兄の一件以来、警察とは関わり合いになりたくなかったのに。
紗理奈がその場を立ち去ろうとしたのだが……
「待て」
先ほど自分のことを助けてくれた美青年警察が、紗理奈の背に向かって声をかけてくる。
「被害に遭った際の状況をまだ聞いていない、現場に居合わせていた君を帰すわけにはいかない」
高慢な物言い。
紗理奈の頬がピクリと引き攣った。
振り返りざま、美青年のことを挑戦的に睨みつける。
「貴方にどんな権利があって、そんなことを仰るんですか?」
だがしかし、美青年が紗理奈の一喝に怯むはずもない。
それどころか彫像のように表情を変えないせいで、感情を読み取ることさえできそうにない。
紗理奈はごくりと唾を呑み込む。
年頃の女性ならば、誰もが見惚れそうなほどの美しい顔立ち。
無表情のまま、彼はスーツの胸ポケットから一冊の手帳を取り出した。
中には写真と身分――警視正であることが示されている。
「俺は近江圭一。警視庁捜査第四課課長を勤めている」
紗理奈は口の中で彼の名前を何度か繰り返した。
なんとなく見覚えがあった気がしたが、近江は地名でもあるし、それが原因に違いない。
(それにしたって……この人、見た目は若いのに、警視正なの?)
刑事ドラマなどでしか階級については知らないが、警視正と言えば、会社員で言うところの部長と同じような立場のはずだ。
若く見える容姿なのかもしれないが、どう高く見繕っても、三十代前後にしか見えない。
かなりのエリート警察官であることが窺える。
近江と名乗る美青年が優美な唇を開いた。
「先ほどの状況に至った経緯を聞かせてもらおうか」
冷淡な物言いが、兄の死を告げに来た警察官のことを想起させてきて、なんだか無性に腹が立った。
「人に物を頼む態度ではない気がします」
紗理奈がツンケンした態度のまま返すが、近江は淡々とした声音で続ける。
「どうやら威勢が良いようだ」
「よく言われますけれど、何か問題でも?」
「それで、名前は何と言う?」


