クールなエリート警視正は、天涯孤独な期間限定恋人へと初恋を捧げる

 すると、近江の腕の力が強くなる。

「堂本陽太が――妹であるお前が怪我をするのを許容すると思うか?」

 紗理奈は顔を上げる。

「……っ、近江さんに、お兄ちゃんの何が分かるって言うんですか……?」

 すると、普段は無表情の近江が、ぎゅっと眉根を引き絞っていた。何かに耐えるように唇をきつく噛み締めている。
 その表情は見る者を苦しくさせる類のもので、紗理奈の胸もぎゅっと締め付けられるようだった。

「俺には堂本陽太の気持ちは分からない。最後まで分からないことだらけだった。だが、そんな俺にでも分かることがある」

「何……?」

 すると、近江が寂しそうに微笑んだ。

「妹である君を――堂本紗理奈のことを大事に想っていたことだよ」

「あ……」

「だから、どうか、あいつが大事にしていた君が――君自身を危険に晒すような真似はやめてやってくれ」

 涙が少しだけ止まりかけていたのに……
 紗理奈の瞳から再び涙がぽろぽろ溢れて止まらない。
 近江の指がそっと彼女の髪を撫でた。

「先日も話したが、俺は勇敢な女性のことは好きだよ」

 爽やかな笑顔で告げられてしまうと、悩みも全て吹き飛びそうだった。

「自分に何が出来て出来ないかは、年を重ねれば、だんだんと分かってくることもある。だから、あまり気にする必要はない。ただ、もう少しだけ自分のことを大事にしてほしいと思う」

 近江の優しさが胸に染み入ってきて、胸がぎゅっと苦しくなる。

「近江さんは、お兄ちゃんのこと、やっぱりご存知なんですか?」

 すると、近江が過去を懐かしむように目を眇めた。

「ああ。警察学校時代に出会った、俺のかけがえのない親友だよ」

 やはり、近江と兄には接点があったのだ。
 紗理奈が近江に話し掛けようとしたところ、ガヤガヤと人が集まる気配を感じた。

「さて、そろそろ昼過ぎだ。下山しよう」

「はい、分かりました」

 そうして、紗理奈は近江と共に下山することになった。