好きになったところで住む世界が違う相手なのだ。
割り切らないといけない。
なのに、どうしてだか近江のことが気になっている自分がいる。
自分の中に湧いてきた邪念のようなものを振り払うべく、紗理奈は首を横に振った。
「どうしたんだ、堂本紗理奈?」
近江に声を掛けられた、その時。
ふと。
子どもの声が耳に届く。
頭上に視線を移すと、なんと上の方にいる子どもが、柵の向こうからこちら側に飛び出そうとしているではないか。
このままだと崖から転落してしまう。
「危ない!」
紗理奈は思いがけず駆けだした。
慌てて子どもを抱きとめに向かう。
「避けろ!」
すぐそばで声が聞こえたかと思うと、紗理奈は横へと突き飛ばされた。
ドン!
大きな音が聞こえた方へと視線を移す。
近江が子どもを上手にキャッチしているところだった。
子どもは大声を出してエンエンと泣いている。
すぐに両親と思しき二人組が現れて、近江に向かってペコペコと頭を下げた後、何処かへと去って行った。
「良かった、近江さん、ありがとうございました」
紗理奈が近江に向かって声をかけた瞬間。
「勇気と無謀は違うと俺はあれほど……!」
近江に怒鳴りつけられて、紗理奈はびくりと身体を震わせた。
初めて出会った時にも掛けられた言葉。
驚いてしまったが、近江が真剣に怒っていることが伝わってくる。
「ごめんなさい……」
なんだか情けなくなってしまって、近江の顔を直視できない。
両手で衣服をぎゅっと掴んでいると……
ふわり。
近江の腕に引き寄せられる。
かと思えば、彼の腕の中に抱きしめられてしまっていた。
「近江さん」
近江の唐突な行動に、紗理奈は困惑してしまう。
「すまない、言い過ぎてしまった……だが、女性の身体で落下してくる子どもを受け止めようとするのは無謀すぎる」
「……近江さんが謝る必要はありません。私はどうしても自身の力を過信してしまうと言うか……仕事の時もそうなんです。良かれと思ってやった行動が裏目に出てしまうことが多いし……だけど、せっかく助けられるはずの命を助けられないのは嫌なんです……!」
紗理奈の目頭が熱くなる。
瞼裏に浮かぶのは、亡くなった兄の姿。
紗理奈が病院に駆けつけた時には、すでに亡くなっていた。
同僚の警察たちも、兄の死の現場に駆けつけるのが遅くなってしまったと話していた。
もしも自分が近くにいたならば、応急処置をしたり応援を呼んだり、それぐらいは加勢できたかもしれないのに……
非力だから役には立てなかったかもしれないけれど、もしも、もしかしたらが、心の中から消えてはくれない。
だから、せめて目の前で困っている人を助けることができたら……
紗理奈は取り立てて良いところはないと自分では思っているけれど、書くのには自信があった。だから、それで手助け出来たらって思うようになって……
「誰かが死ぬのは、もう嫌……くっ……」
目頭が熱くなって、一筋の涙が零れた。
涙が止めどなく溢れ出す。


