クールなエリート警視正は、天涯孤独な期間限定恋人へと初恋を捧げる


「だって、色々あるじゃないですか? 捜査第一課とか機動捜査隊とか。本人希望じゃなくて、人事配属でたまたま捜査第四課なんですか?」

「どうして、そんなことが知りたいんだ?」

「だって、捜査第四課と言えば、組織犯罪対策課……いわゆる暴力団犯罪を取り締まる課でしょう? こう刑事ドラマなんかだと、近江さんみたいに涼し気でクールな男性じゃなくて、強面のおじさん刑事みたいな人たちのイメージがあるんですもの」

 すると、近江が伏し目がちになって溜息を吐いた。

「世間ではそんなイメージがあるのは覚えておこう」

 近江の反応を見て、紗理奈はハッと正気に返る。

(ついつい癖で、踏み込んだ内容を聞いてしまったかも)

 すると……

「捜査第四課への配属は俺の希望だ」

 近江の雰囲気が少しだけ陰りを帯びたものへと変わる。

「理由を聞いたら、失礼でしょうか?」

 紗理奈が緊張した面持ちで尋ねると、近江が静かに語りはじめた。

「俺はヤクザがらみのとある事件の真相を知りたいと思っている」

「とある事件?」

「ああ、そうだ。今回の事件とも関連がある。俺は……君と同じように無謀だったあいつの無念を晴らしてやらなければならない。そのために捜査第四課に入ったんだ」

 近江が紗理奈のことを真摯な眼差しで穿ってくる。
 ドクンドクン。
 心臓が忙しなく脈打つ。

(近江さんの言うあいつって……)

 紗理奈の脳裏にどうしてだか兄の姿が浮かんでは消える。
 近江がゆっくり口を開く。

「そして、俺はあいつの代わりにお前のことを……」

 その時。

「きゃあっ……!」

 女性の叫び声が耳に届いた。少し先の歩道で、老婆が地面に尻餅をついていた。すぐそばには、いかにも怪しい帽子を深々と被ってサングラスを装着したダウンジャケットの大男が、女性のハンドバッグをひったくった後、そのまま走り去っていく。
 どうやらひったくりの犯行現場に出くわしてしまったようだ。
 紗理奈が声を掛ける前に、近江がレジ袋を手渡してきた。

「持っていろ」

 それだけ言い残すと、近江は犯人目掛けて駆けはじめる。
 紗理奈は尻餅をついた老婆の元へと駆け寄った。

「大丈夫ですか?」

「私の大事なものが……!」

 混乱する老婆の背を擦ってやりながら、紗理奈は近江のいる方へと視線を移す。
 近江はといえば……
 犯人とは百メートル近く距離が離れていたはずなのに、まるで黒豹のようなしなやかな走りですぐに追いついた。
 かと思えば、抵抗してくる犯人の繰り出す拳を躱した後、回し蹴りで相手を制した。

(近江さん、柔道もできるし、空手も出来るのね)

 荒々しい動きというよりも、まるで暗殺者のような動きだが。
 そうして、初めて会った時と同様に、犯人を組み敷いたまま、近江がスマホで連絡を取りはじめる。
 騒ぎを聞きつけた近所の人たちが連絡を入れてくれていたのか、パトカーのサイレンの音も聞こえてきた。
 しばらく警察たちから激励の声をかけられていたが、近江が警察官たちの輪を抜けて、紗理奈と老婆の近くまで歩んでくる。