その時。
テレビのバラエティ番組が終わり、ニュースに切り替わった。
女性アナウンサーが流暢な報道をおこなう。
「警視庁が先日の暴力団組員鼠川組組長及び組員幹部を捕縛したとの報道を受け、明後日月曜日に近江警視総監が取材を受けることになっております」
紗理奈は目を見開いた。
「そう言われれば、警視庁警視総監の名字も近江」
たまたまだろうか?
今日はやけに近江の名を目にする気がしていた。
「もしかして、近江という名字は関東に多いんですか?」
「多くはないな」
「だったら、さっきの近江警視総監は近江さんの親戚だったりして? あと、このマンションを建設したグループの近江グループも親戚だったり?」
紗理奈が何気なく尋ねたところ、思いがけない返答があった。
「そうだ」
「え……!」
なんとはなしに返事があったので、紗理奈は目を剥いた。
「このマンションを手掛けている近江グループは俺の祖父が会長を勤めているグループだ」
「近江さんは、近江グループの御曹司!?」
「その言い方はあまり好きではないがな。それと、警視総監の近江は、俺の父だ」
「ええっ……!?」
近江はエリート中のエリート警視正だったのだ。
「父は仕事人間で、幼少期から関わりはあまりないがな」
「そうなんですね」
「そうだ。新聞記者やジャーナリストを名乗るのならば、それぐらいは調べておいた方が良い」
先ほどまで穏やかな雰囲気だった近江だったが、今は少しだけピリピリした雰囲気を醸しているようだった。
(あまり触れてはいけない話題だったかも)
紗理奈だってそうだが、家族の話題はかなりセンシティブだ。
近江が席から立ち上がる。
「あの、機嫌を損ねてしまったのなら、ごめんなさい」
慌てて声をかけると、近江がキョトンとしていた。
「何の話だ? 俺は皿を洗おうとしているだけだが」
「え? ああ、ごめんなさい、そうだったんですね。だったら一緒に洗いましょう」
近江が二人分の皿を重ねたので、紗理奈はスプーンを二人分手に取った。
近江が流しの前に立つと、白シャツの袖を捲くって筋張った腕が露わになった。慣れた手つきで洗剤をつけたスポンジで皿を洗いはじめた。普段から洗い慣れているのだろう所作だ。
「食器洗浄機もあるが、手洗いの方が好きでな」
「そうなんですね。ふきんを借りますね」
彼が洗った食器を手に取ると、彼女は清潔な布巾で水分を拭き取る。
近江がペーパータオルで手を拭きながら口を開いた。
「先ほどのリゾット、隠し味に白ワインが入っていたようだったな」
「そうでしたが、あまりお好みじゃなかったでしょうか?」
「いや、俺はどちらかというと和風の料理をすることが多くてな。自宅マンションから持ってきていたのか?」
「ええ、そうですよ。近江さんは、和食が作れるんですね」
「といっても、レシピ本なんかを眺めて作る方だし、みそ汁や肉じゃがなんかの簡単なものしか作れない」
なんとなく紗理奈の中で想像がついた。
(近江さん、男性だけど割烹着とか似合いそう)
どことなく古風な印象がある。
「きっちりされているんですね」
「ああ、そういう見方もできるな。今日の礼として、明日の朝食は俺が作ろう」
「ありがとうございます」
「いいや、これからよろしく頼む、堂本紗理奈」
近江がまた穏やかに微笑んだ。
(これからまた誰かと一緒に暮らして、料理を食べてもらえる)
紗理奈は兄が死んで以来、天涯孤独だった。
友人が出来て旅行なんかに一緒に出掛けたりしたが、食事を食べさせるのは本当に久しぶりだった。
(大嫌いな警察だけど……)
近江になら料理を提供しても良い。
(そういえば、近江さんならお兄ちゃんの友達だった警察官のことを知っているかもしれない)
今度機会があれば尋ねてみよう。
こうして――近江と紗理奈の期間限定の同棲生活が幕を開けたのだった。


