紗理奈は、近江のマンションへと引っ越しすることになった。
 先日は気になっていなかったが、「近江グループ」が建設したと記載されていた。

(近江って名字、関西の方が多いって勝手に思い込んでたけれど、関東にも多いのね)

 紗理奈が準備した段ボールも数箱だったので、近江が全て運んでくれた。
 宛がわれた部屋はフローリングの十畳ぐらいの広い部屋だった。
 マンション内の説明をされたが、まるでモデルルームそのままのように綺麗だった。

「自由に使ってほしい」

「ありがとうございます」

 男性とルームシェアだなんて初めてでドキドキしてしまう。
 紗理奈は自室に戻ると、段ボールの荷解きを始めた。
 必要最低限、大事なものだけ持って来た。

「ふう、なんだかホテルに住むみたいね」

 とりあえずスマホの時計を見ると、そろそろ昼だ。
 料理は苦手だが、兄と一緒に暮らしてきた経緯があるため、簡単なものなら作れる。

「せっかくだから、何か作ろうか聞きに行こうかしら」

 真新しい扉を開けて廊下へと出る。

「そういえば、近江さんはどこに行ったのかしら?」

 リビングからテレビの音が聞こえる。
 紗理奈はそっと足を踏み入れた。
 すると、黒革のソファの上に寝転がっている人影が見える。

「近江さ……」

 紗理奈は声を掛けようとしたが口を噤んだ。
 近江が寝息を立てて眠っていたからだ。

(昨日は飲み会だって話していたし、朝方近くまで飲んでいたって話していたから、寝せておきましょう)

 それにしたって彫像か何かのように整った顔立ちをしている。
 サラリとした黒髪なんかはモデルもかくやだ。

(ちょっとだけ黒豹とか黒猫みたいな感じがする男の人)

 警察官としてキリリとしているところは黒豹のようだが、純真な少年のような時には黒猫のような印象がある男性だ。
 近江からは好きにして良いと言われているので、システムキッチンへと足を運ぶ。
 料理をすると話していた通り、料理道具には使用した形跡があるが、ほとんどマンションに帰って来ないのだろう。新品同様だった。
 調味料やスパイスなんかも色々と揃えられている。結構料理をするタイプのようだ。もしくは形から入るタイプ。

(近江さんの性格的に、形だけではなさそうよね)

 生真面目にスケールなんかで分量を量って調理していそうだ。
 ちゃんと米櫃も準備されていて、湿気のない暗所に保管されていた。
 一人暮らしには不釣合いなほど大きな冷蔵庫を開く。一人分だからだろう。ところどころに食材が置いてあった。

「これだけ食材があれば、ちょうど良いわね」

 紗理奈はそこでハタと気づく。

(かなり几帳面な性格だから、作る料理を決めて食材を購入してそう。だったら、勝手に何か作ったら怒られるかしら?)

 少々心配になったが、牛乳の消費期限は今日までのようだし、野菜だってしなびる前に使ってやった方が良い。
 紗理奈は怒られるのを覚悟で、料理に挑むことにした。
 自室から愛用のオレンジにデイジー柄が躍るエプロンを身に着け、緩やかな茶髪を黒いリボンでポニーテールに結ぶ。賞味期限が切れそうな調味料なんかも荷物に入れておいて良かったと思う。

「よいしょっと」

 フライパンと菜箸を準備するとバターを熱しはじめる。一口大に切った鶏もも肉と米を投入して炒めた。しばらく経ってから、持参の白ワインを加えて、アルコール分を飛ばした後、水を入れて煮込んだ。数分経った頃に、牛乳とキャベツを入れて、しばらく煮込む。

「スパイスがちゃんと揃っているわね」

 紗理奈は調味料は目分量で入れるタイプだ。水気が飛んできた頃に、粉チーズと塩コショウをささっと入れて味を調えた。

「よし、完成ね」

 ありあわせの食材でリゾットを完成させた。
 ほくほくと湯気がって、ミルクとコショウの香りが美味しそうだ。
 白い皿が二枚あったので、そちらに中身を移す。
 黒いトレーがあったので、皿を乗せて、ダイニングにあるブラウンの机の上に並べ始めた。
 ちょうど、その時。