翌日。
ピンポン。
ピンポンピンポンピンポン。
「んむ……?」
マンションのブザーが何度か届く。
カーテンの隙間から差し込む光がやけに眩しい。
(あれ? 確か今日は……)
その時。
ドンドンドンドン。
玄関の扉を叩く音が室内にまで届いた。
「ひゃあっ!」
驚いて飛び起きてしまう。
「堂本紗理奈! 無事か!? 倒れてはいないだろうな!?」
くぐもって聞こえる男性の声には聞き覚えがあった。
そこで紗理奈は完全に目を覚ます。
「そうだ、今日は引っ越しの日!」
時計を見れば、約束の九時から二分程過ぎてしまっていた。
一気に血の気が引いていく。
(まずい! 完全にやらかしてしまった!)
慌てて掛け布団を跳ねのけると、裸足のまま床に飛び降りて、ドタバタと玄関へと向かう。
ものすごい勢いで玄関扉を開いた。
「ごめんなさい、近江さん!」
飛び出すと、無表情のままの近江が、近所の禿げ頭のおじいさんに絡まれていた。
「こら! 好からぬ輩め! 今から警察を呼んでやるからな!」
近江が黒いスーツの赤いネクタイを直しながら、無表情のまま返答する。
「俺が警察だ」
「警察がそんな堂々と警察だと公言するわけないだろう!」
遠くでは主婦が数名ひそひそと話し込んでいる。
紗理奈は慌てて近江とおじいさんの間に入る。
「すみません! 私が悪いんです! おじいさん、御厚意ありがとうございました! 皆様もごめんなさい!」
紗理奈は慌てて頭を下げると、近江をマンションの中へと連れ込んで、玄関の扉を勢いよく閉めたのだった。
「近江さん、ごめんなさい、寝坊してしまいました!」
紗理奈が謝るが、近江がどこか遠くを見ながら、ぶつぶつと呟いていた。
「すまない、自分自身が警察だというのに、迷惑行為に及んでしまったようだ」
「私のせいです! こちらこそ心配をかけてしまって本当にごめんなさい!」
「……いいや、それに関してはあまり気にしなくて良い。本当に悪かった」
近江はかなり反省した様子の表情を浮かべていた。
(それにしたって……近江さん、冷静沈着な印象があるけれど……)
紗理奈の安否を確認する様子を思い出すに、かなり切迫している印象があった。
「先ほどは冷静さを欠いていた。過去が過って、どうしてもな」
「過去、ですか?」
「ああ、いや、こちらの話だ。あまり気にしないでほしい」
時折、こういう煙に巻くような発言がある。とはいえ、近江自身が個人的に触れられたくない内容だったり、警察組織内の機密事項に関する内容かもしれない。
紗理奈としても気にはなったが、あまり詮索しないことにする。


