彼らが歩む方角にあるのは、ギラギラピンクのネオンで主張が激しい風俗店と隣接している古びたビルの中だ。あそこには暴力団の事務所がある。

「離して! 私を組長に突き出してどうするつもりなのよ!」

「残念だが、周囲の奴らから見たら、ホストに入れ込んで借金抱え込んで風俗に向かう女にしか見えてないよ。恨むなら、今のご時世を恨みな。まあ、因果応報、自業自得ってやつだがな」

 酔っぱらいたちがジロジロと紗理奈たちに視線を送るが、こういった場面を見慣れているのか、誰も助けに入ってこようとはしない。
 悪い男たちの話す通りの展開になっているのが、紗理奈としては腹が立って仕方がない。
 抵抗しようとするが、女性の細腕では、男性の本気の力に抵抗は難しい。

(こんな時にお兄ちゃんが生きてくれていたら……!)

 けれども、大好きな兄はもうこの世にはいない。
 紗理奈のことを助けてくれるヒーローは、もうどこにもいないのだ。

(警察だけは絶対に頼りたくない! 誰も助けに来てくれないなら、自分の力でどうにかしなきゃ!)

 紗理奈は隙を見て、男の手を振り払う。
 二人の間を潜り抜け、店の前にある電光看板へと駆けると、火事場の馬鹿力で抱える。
 暴力団員の二人が、目を真ん丸に見開いていた。

「あんたたち! これでも食らいなさい!」

 今まさに、看板を持ち上げ、二人に鉄槌を喰らわせようとした、その時。

「暴力行為だな、現行犯で逮捕させていただこう」

 背後から凛とした声が響く。

(暴力行為!?)

 紗理奈の方がまさかの現行犯逮捕されてしまうことになるなんて……!
 慌てて看板を地面に戻して、背後へと振り返る。

「違うわ、確かに暴力はよくないけれど、このままじゃ……」

 言い訳の途中、彼女はハッと口を噤んだ。
 現れたのは、黒いスーツ姿の男性。白いパリッとしたワイシャツに青いネクタイを合わせてある。
 さらりとした黒髪が風にそよぐ。キリリとした瞳、すっと通った鼻筋に薄い唇は、どことなく氷のような冷たい雰囲気を醸している。それにしたって、まるでモデルのように美しい体躯に、芸能人のように綺麗な顔立ちの持ち主だった。
 こんなに美しい青年。一度でも見たら忘れないような気がするのだが……

(あれ? この人、どこかで……?)

 紗理奈には、なんとなく既視感があった。