近江の傍から逃げ出した紗理奈は、一人で黙々とバーで酒を飲んでいた。
カクテルを見ながら兄のことを思い出して切なくなる。
(お兄ちゃん……)
紗理奈の五つ年上の兄。
短い茶髪に、茶目っ気のある茶色の瞳、笑うと太陽のような爽やかな青年。
頼りになって大好きな自慢のお兄ちゃん。
両親を早くに亡くしてしまったこともあり、両親の代わりも務めてくれていたのだ。
何かあればいつも妹のことを守ってくれる優しい兄。
そんな兄が志した職業は……
『やったぞ、紗理奈、兄ちゃんは警察になったんだ!』
警察官。
正義感の強い兄らしい職業だった。
なのに……
『ヤクザの抗争制圧に向かって、銃が暴発して死亡……?』
兄の上司は頭を下げてきたが、兄の命は戻ってこない。
淡々と義務的に色々報告してくるのが、つじつまの合わないことも多くて、なんだか嫌で仕方がなかった。
遺留品として警察バッジを帰された。
現場に居合わせたという兄の同僚警察たちは、葬式にさえ姿を現してこなかった。
『警察なんて、いつも偉そうにしているだけで、何も出来ないじゃない、大嫌い』
それから警察に対しての不信感が強くなっていったのだった。
それは、どうしてもなかなか払拭されることはない。
「お兄ちゃん、どうして私を一人にしたの?」
その時。
紗理奈の頭上に、さっと影が差す。
「ねえねえ、一人なの?」
声を掛けてきたのは、チャラチャラした雰囲気の三十代前半の男性だった。
紗理奈が顔を上げると、強引に腕を掴まれる。
「きゃっ、ちょっとやめてください!」
「いいから一緒についてきてくれよ」
無理やり椅子から立ち上がらせられた、その時。
「そいつは俺の連れだ、離してもらおうか」
横から声が掛かる。
忘れもしない凛とした声。
トクン。
紗理奈の心臓が跳ね上がる。
そっと声の方へと視線を移す。


