クールなエリート警視正は、天涯孤独な期間限定恋人へと初恋を捧げる



 会社の近くにある駐車場。
 白いSUVの助手席へと紗理奈は運び込まれた。
 近江が運転席へと乗り込むと、扉の閉まる乾いた音が車内に響く。
 彼が流れるような動作でエンジンをかけると、滑らかに車が走り始めた。
 BGMも何も流れていない。
 しばらくの間、沈黙が車内を支配していた。
 耐えられずに、紗理奈が口を開く。

「それで? 私の命の危険とは何でしょうか?」

「君の兄、堂本陽太の死にまつわる事件」

 ドクン。
 近江から唐突に本題を切り出されてしまい、紗理奈の心臓が跳ね上がった。
 両膝の上に置いた両手に知らぬ内に汗をかいてしまっていたようで、ぎゅっと握りしめる。

「堂本陽太がヤクザの抗争に単独で乗り込んで死んでしまったのは、君も知っているだろう?」

「ええ、もちろんです」

「事件は解決していることになっているが、不可解な点が多く残っているのも、勿論知っているな?」

 紗理奈はきゅっと唇を噛み締める。
 彼の言った通り、兄の死にまつわる事件は不可解な点がかなり残ったままだ。

(せめて死亡した当時の状況さえ分かっていれば……)

 ずっとずっと悔しい気持ちを抱えたまま生きてきた。
 もちろん、有耶無耶なまま事件解決とみなしている警察に対して、八つ当たりに似た感情を抱いているに過ぎないことだって、紗理奈自身も分かっている。
 近江が前を向いたまま告げた。

「実は最近、堂本陽太を殺害した犯人だと名乗る人物から手紙があった」

「え!?」

 近江の涼し気な横顔を、紗理奈は凝視した。

「そして、そこにはこう書いてあった」

「何て、ですか?」

 紗理奈の声が震える。

「『堂本陽太の事件にまつわる者は全て消す』、とな」

「お兄ちゃんにまつわる者……」

「もちろん、妹である君は要保護対象に当たる」

 近江の事務的な口調とは対照的に、紗理奈の心は千々に乱れる。

「それで、私は警察に保護されないといけない、ということですか?」

「ああ、物分かりが良いな。その通りだ」

 紗理奈はきっと眦を吊り上げると、近江に抗議する。

「私は、貴方たち、警察に護られるつもりはありません。話はもう終わりですか? どうぞおろしてください」

 近江は淡々と返す。

「それは出来ない。善良な市民を見殺しにするわけにはいかないからな」

「その私が見殺しにされても良いって言っているんです」

「それは出来ない」

「市民の安全のためですか?」

「それが警察の仕事だからな」

 そこまでのやりとりで、紗理奈の中プチンと何かの糸が切れた。

「どうしてこんなに警察は身勝手なんですか!? 貴方たちが真相を有耶無耶にしたから、真犯人が現れたんじゃないですか……! 貴方たちのせいで、お兄ちゃんは……!」

 そこまで話すと、涙が勝手に溢れ出した。
 昨晩と同じ。
 唯一の肉親だった兄を失って数年が経つが、いつまで経っても悲しみが癒えることはない。
 しかも、やはり事故ではなく、何者のかに殺害されていたのだ。

(絶対に許せない)

 ちょうど赤信号で停車した。
 紗理奈は、助手席の扉を開くと、そのまま外へと飛び出す。

「待て!」
 近江の制止も聞かず、紗理奈は雑踏の中へと走って逃げ込んだのだった。