それからしばらく経ち、彼が――バッ! と顔を上げた。
もう泣いてはいないようだったが、まつげが濡れて束になっている。
「な、……なに、やってんだばか」
何故か真っ赤な顔してそんなことを言ってるが、葵の悪戯心をくすぐるには、十分可愛かった。
「――!? んんーっ!!」
意地悪をしてもう一回頭を抱き締めてやったら、下から非難してるような声が上がってしまったので、致し方なく放してあげることに。
「もっ、もうやめろ! なんなんだお前は!」
強い口調で言われたところで、さっきよりも真っ赤な顔で言われても全然怖くない。
「(あは。なんだか猫さんみたい)」
懐いたと思ったら爪で引っ掻く。少し警戒心強めの。
生徒会にはウサギさんと猫さんがいるのか。そういえば大きなわんこもいたし、ウサギさんはリスになることもあるな!動物がいっぱいだー!(じゅるっ)
なんてことを考えながら変な顔して笑っていたので、「え。キモ……」と、チカゼに全力で引かれてしまった。
引かれたのはショックだったものの、きちんとお礼がしたかったので。
「チカくん。話してくれて、ありがとう」
そう伝えると、彼はそっぽを向いたが「おう」と小さく返事をしてくれた。
「なんだか、そのジンクスの意味が少しだけわかったような気がしたな」
「は? と、言うと?」
もうあんな顔はさせたくなかったけれど、少しだけ。葵は話をすることにした。
「……それだけ必死になった恋だから、実ったのかなって」
「…………」
なんとなく意味がわかったのか。彼は黙ってしまったが、さっきのような暗い表情ではない。真っ直ぐ、葵の話に耳を傾けている。
「そのジンクスは多分、諦めるなっていう意味が込められてると思うんだ。だからわたしは、チカくんの大事な人ももちろんだけど、君もこのジンクスに乗っかってみるべきなんじゃないかなって」
彼は、静かに葵の瞳を見つめ返す。
「そいつの好きな奴が、ここの生徒じゃなかったとしても?」
「もちろん!」
「オレは、そいつのために何もできなくても?」
「え!? そんなことないよ! チカくんは、その人が本当はどう想ってるか知ってるでしょう? だからこそできることがあるじゃない」
「けど……」
「ほら。チカくんも、その大事な人ももう諦めちゃってる。それじゃあ、相手に全部は届かないよ」
「オレは……」
「……ねえチカくん。君はその人とちゃんと話をした? その時ちゃんと見てた? そう話した時、君の大事な人……彼女の顔は、暗かったんじゃないのか?」



