すべてはあの花のために①


 それからしばらく経ち、彼が――バッ! と顔を上げた。
 もう泣いてはいないようだったが、まつげが濡れて束になっている。


「な、……なに、やってんだばか」


 何故か真っ赤な顔してそんなことを言ってるが、葵の悪戯心をくすぐるには、十分可愛かった。


「――!? んんーっ!!」


 意地悪をしてもう一回頭を抱き締めてやったら、下から非難してるような声が上がってしまったので、致し方なく放してあげることに。


「もっ、もうやめろ! なんなんだお前は!」


 強い口調で言われたところで、さっきよりも真っ赤な顔で言われても全然怖くない。


「(あは。なんだか猫さんみたい)」


 懐いたと思ったら爪で引っ掻く。少し警戒心強めの。
 生徒会にはウサギさんと猫さんがいるのか。そういえば大きなわんこもいたし、ウサギさんはリスになることもあるな!動物がいっぱいだー!(じゅるっ)

 なんてことを考えながら変な顔して笑っていたので、「え。キモ……」と、チカゼに全力で引かれてしまった。


 引かれたのはショックだったものの、きちんとお礼がしたかったので。


「チカくん。話してくれて、ありがとう」


 そう伝えると、彼はそっぽを向いたが「おう」と小さく返事をしてくれた。


「なんだか、そのジンクスの意味が少しだけわかったような気がしたな」

「は? と、言うと?」


 もうあんな顔はさせたくなかったけれど、少しだけ。葵は話をすることにした。


「……それだけ必死になった恋だから、実ったのかなって」

「…………」


 なんとなく意味がわかったのか。彼は黙ってしまったが、さっきのような暗い表情ではない。真っ直ぐ、葵の話に耳を傾けている。


「そのジンクスは多分、諦めるなっていう意味が込められてると思うんだ。だからわたしは、チカくんの大事な人ももちろんだけど、君もこのジンクスに乗っかってみるべきなんじゃないかなって」


 彼は、静かに葵の瞳を見つめ返す。


「そいつの好きな奴が、ここの生徒じゃなかったとしても?」

「もちろん!」

「オレは、そいつのために何もできなくても?」

「え!? そんなことないよ! チカくんは、その人が本当はどう想ってるか知ってるでしょう? だからこそできることがあるじゃない」

「けど……」

「ほら。チカくんも、その大事な人ももう諦めちゃってる。それじゃあ、相手に全部は届かないよ」

「オレは……」

「……ねえチカくん。君はその人とちゃんと話をした? その時ちゃんと見てた? そう話した時、君の大事な人……彼女(、、)の顔は、暗かったんじゃないのか?」