すべてはあの花のために①


「あと、俺のこと。話そーかなって思って」


 少し間延びはしているけれど、これが本来の口調なのだろう。ぬた~っと話さなくなったことはいいことだろうけれど、雰囲気を軽くしようとしているのか。彼の表情は、明らかに暗かった。


「アオイちゃんに俺、怒っちゃったでしょ? なんで怒ったのかって言うと」

「カナデくん」


 あまりにもつらそうな彼に、葵はつい口を挟んでしまった。

 口を挟まれると思っていなかったのだろう。驚いた顔をしているカナデは、少し不安げに首を傾げていた。


「俺、アオイちゃんに酷いことしそうになったし、それに……」


 ――アオイちゃんも知りたいでしょ?

 そんな思いが伝わってくる。


「(……ああ、そうか)」


これも恐らく、“あれ”のひとつ。



「あのね、カナデくん」


 葵はゆっくり話し出す。


「確かに、わたしはどうしてカナデくんを怒らせてしまったのかわからない。実際は、本当にプリンに怒ったんじゃないかと思ってた」

「え? プリン?」


 プリン王子が美味しそうに食べていた様子が頭に浮かび上がってきたが、そんなことを思い出してる場合ではない。ぶんぶんと頭の中を清掃する。


「ま、まあそれはちょっくら置いといて。……わたしは近付いてみんなと友達になったでしょ? でも、それだけが友達じゃないと思うんだ」


 よくわかっていないカナデは、初めはぽかーんとしていたが。


「カナデくんは近付きたくないのに、無理しないでってこと。わたしは、友達にそんなつらそうな顔をさせてまで、知りたいとは思わないよ」


 葵の言いたいことがわかると、だんだんと目を見開いていく。


「もうカナデくんとは友達でしょ? だから無理に近付かなくてもいいんだ」

「アオイちゃん……」

「だから……その。今はまだ、話さなくていいよ?」


 伝わったかどうかはわからない。どうしてこんなにもまどろっこしい言い方しかできないんだろう。

 強気はどこ行ったんだ! 急に弱気になりやがってー。
 ……新しい関係を築くのは、本当に難しいよ。


 そうこうしていると目の前から、「ははっ。すげー」という驚きが、乾いた笑い声とともに洩れ出した。目の前の彼の表情は、どこかスッキリしているように見える。


「いやーそうだね! 俺たちもう友達だもんね。……今、なんかすごい楽になったよ」


 そう言った彼の顔には先程のつらそうな表情は見られない。
 けれど、よかったと。ほっと息を吐く間もなく。


「じゃあ、そんなやさしい友達にお礼と言うことで。俺の話、聞いてくれるかな?」


 彼は、そんなことを言ってくれた。
 表情は暗くはないが……大丈夫なのだろうか。


「大丈夫だよ。今はまだ、全部は話さない。ただ、どうしてアオイちゃんを怒っちゃったのかだけ。それだけは……ね?」


 けれど、そんな心配も筒抜けなのか。ウインク付きで話してくれる彼は、何故か少し楽しそうだ。



「俺ね、すごい人を警戒しちゃうんだ」


 そうして、ゆっくり話してくれた。