教室へと戻ってきた葵。
「(あ゛あー。……すんごい嫌なもの見た)」
カナデが猛スピードで走ってきているとも知らずに、教室で一人机に突っ伏していた。
「(はあ……。おかげで嫌なこと思い出し――っ!?)」
大きな戸を開ける音に慌てて顔を上げると、教室の入口に先程遭遇したカナデが、何故か息を荒らして立っていた。
当たり前ながら、彼もこのクラスだからね。別にそこには何の疑問も持たなかったわけだけど。
扉を開けたカナデは、ずかずかと教室に入ってきた。
「(な、なんだなんだ。どうしたんだ?)」
わけがわからずそわそわとしていると、彼は葵の前までやってきて、机の前でしゃがみ込んだ。
「……理事長と、何かあった……?」
……はい?
「いや? 全然そんなことはなかったけれども……え? それだけ?」
「……うん。まあ、それだけ……だけど。悪い?」
どれだけ走ってきたのか、まだ少し息が荒い。
普段綺麗にセットしているであろう前髪を、彼は徐に掻き上げる。
「あ……」
「ん?」
その時、初めて気が付いた。初めは、夕陽のせいだと思ったけれど、彼の髪は真っ白ではなく僅かに黄みがかっていた。少し、やわらかい白色だった。
乱れた前髪から、おでこがちらりと見えている。
葵は、おでこの前にそっと手を翳した。
――まだ、痛い?
聞く前に意図がわかったのだろう。カナデはクスッと笑う。
――大丈夫だよ。もう痛くないよ。
言いたかったは、きっとそういうこと。
カナデは自分から、葵の手へとそっと触れに行った。
「(……よかった)」
ほっと安堵の息を洩らした葵は、カナデのおでこをそのまま優しく撫でてあげた。撫でられている彼はというと、気持ちがいいのか。目を閉じていてどこか嬉しそうだ。
「(なんだか、大きいわんこみたいだ)」
そんな様子に、葵もふっと頬を緩めた。



