すべてはあの花のために①


 教室へと戻ってきた葵。


「(あ゛あー。……すんごい嫌なもの見た)」


 カナデが猛スピードで走ってきているとも知らずに、教室で一人机に突っ伏していた。


「(はあ……。おかげで嫌なこと思い出し――っ!?)」


 大きな戸を開ける音に慌てて顔を上げると、教室の入口に先程遭遇したカナデが、何故か息を荒らして立っていた。
 当たり前ながら、彼もこのクラスだからね。別にそこには何の疑問も持たなかったわけだけど。

 扉を開けたカナデは、ずかずかと教室に入ってきた。


「(な、なんだなんだ。どうしたんだ?)」


 わけがわからずそわそわとしていると、彼は葵の前までやってきて、机の前でしゃがみ込んだ。


「……理事長と、何かあった……?」


 ……はい?


「いや? 全然そんなことはなかったけれども……え? それだけ?」

「……うん。まあ、それだけ……だけど。悪い?」


 どれだけ走ってきたのか、まだ少し息が荒い。
 普段綺麗にセットしているであろう前髪を、彼は徐に掻き上げる。


「あ……」

「ん?」


 その時、初めて気が付いた。初めは、夕陽のせいだと思ったけれど、彼の髪は真っ白ではなく僅かに黄みがかっていた。少し、やわらかい白色だった。
 乱れた前髪から、おでこがちらりと見えている。

 葵は、おでこの前にそっと手を翳した。


 ――まだ、痛い?

 聞く前に意図がわかったのだろう。カナデはクスッと笑う。


 ――大丈夫だよ。もう痛くないよ。

 言いたかったは、きっとそういうこと。
 カナデは自分から、葵の手へとそっと触れに行った。



「(……よかった)」


 ほっと安堵の息を洩らした葵は、カナデのおでこをそのまま優しく撫でてあげた。撫でられている彼はというと、気持ちがいいのか。目を閉じていてどこか嬉しそうだ。


「(なんだか、大きいわんこみたいだ)」


 そんな様子に、葵もふっと頬を緩めた。