すべてはあの花のために①


「それでは。理事長とお話しもできましたし、お二人にもきちんとお礼が言えたので。わたしはそろそろお暇させてもらいますね」


 そう言って出て行きそうになる彼女の背中に、菊が再び声をかける。


「どーみょーじー? オレはお前らの担任でもあるけど、生徒会の管理もしてるからな。しょっちゅうオレと話すことになるだろうけど、そこんとこ一つよろしくな~?」


 なんともまあ、負けたのが悔しいのか。目一杯の嫌みを込めてるよこの子。大人気ない。

 その投げかけに、彼女は笑顔ではっきりと告げた。


「イ ヤ で す」


 そう言われるとは、ぼくも思ってはいなかった。菊も口をぽかんと開けているし、眼鏡もズリ落ちそうだ。


「え? だって、今の一瞬でめちゃくちゃ疲れましたもん。キク先生、そんな会話ばっかりしてるからモテないんですよ? そんなふうに頭使ってたら……ハゲますよ?」

「ちょっと黙ろうか」

「……………………」


 本当に黙っちゃった!
 恐らく彼女は、この一瞬で菊のことが苦手になったんだろうな。……悪い奴じゃないんだけど。


「ま、まあまあ。これから関わる機会増えるだろうから、あおいちゃんもそれとなく話してあげてくれたら、それでいいからさ」


 頑張ってフォローを入れてみるけど、彼らの間には火花が散っ――……え?

 あれ? 目の錯覚だよね?
 彼らの背後に虎と龍が見えるんだけど。いや、風神雷神? 目がおかしくなっちゃったのかな……ゴシゴシ。

 睨み対決にも負けたのか。さっさと換気扇の下に行って煙草を始める菊。

 おーい。まだ仕事中だからね?
 というか、あおいちゃんどんだけ強いのよ。



「それでは失礼しますね! お忙しいのにすみませんでした」


 本当に面白い子だ。
 礼儀正しく、そして、“よく見えている”。

 やっぱり、彼女を選んで間違いなかった。


「ごめんね。最後に一つだけ、いいかな?」


 最後にやっぱり確認しておきたい。
 道明寺葵さん――――……君自身のことを。


 しかし彼女は僅かに首を動かしただけ。

 ――もう、ここにはいたくない。
 纏う空気から、そう伝わってくる。


 さっきまでの威勢はどこへ行ったのやら。
 でも、聞かなくちゃいけないんだよ。



「君は、仮面を外そうと思えば外せる。そう言っていたね? 今後、外そうと思うことはあるのかな? 勿論ぼくや菊、そして彼らの前以外でだよ」


 これには、ぼくの願望も入ってる。
 そうであって欲しいと。例えそれが、今すぐでなくても……と。


 しかし彼女は、それを言葉にはしなかった。



「……そうか」


 そして部屋を出て行った彼女には、これから一生剥がれることなどないのではないかと思うほど、お得意の仮面が、がっちりと着けられていた。