「それでは。理事長とお話しもできましたし、お二人にもきちんとお礼が言えたので。わたしはそろそろお暇させてもらいますね」
そう言って出て行きそうになる彼女の背中に、菊が再び声をかける。
「どーみょーじー? オレはお前らの担任でもあるけど、生徒会の管理もしてるからな。しょっちゅうオレと話すことになるだろうけど、そこんとこ一つよろしくな~?」
なんともまあ、負けたのが悔しいのか。目一杯の嫌みを込めてるよこの子。大人気ない。
その投げかけに、彼女は笑顔ではっきりと告げた。
「イ ヤ で す」
そう言われるとは、ぼくも思ってはいなかった。菊も口をぽかんと開けているし、眼鏡もズリ落ちそうだ。
「え? だって、今の一瞬でめちゃくちゃ疲れましたもん。キク先生、そんな会話ばっかりしてるからモテないんですよ? そんなふうに頭使ってたら……ハゲますよ?」
「ちょっと黙ろうか」
「……………………」
本当に黙っちゃった!
恐らく彼女は、この一瞬で菊のことが苦手になったんだろうな。……悪い奴じゃないんだけど。
「ま、まあまあ。これから関わる機会増えるだろうから、あおいちゃんもそれとなく話してあげてくれたら、それでいいからさ」
頑張ってフォローを入れてみるけど、彼らの間には火花が散っ――……え?
あれ? 目の錯覚だよね?
彼らの背後に虎と龍が見えるんだけど。いや、風神雷神? 目がおかしくなっちゃったのかな……ゴシゴシ。
睨み対決にも負けたのか。さっさと換気扇の下に行って煙草を始める菊。
おーい。まだ仕事中だからね?
というか、あおいちゃんどんだけ強いのよ。
「それでは失礼しますね! お忙しいのにすみませんでした」
本当に面白い子だ。
礼儀正しく、そして、“よく見えている”。
やっぱり、彼女を選んで間違いなかった。
「ごめんね。最後に一つだけ、いいかな?」
最後にやっぱり確認しておきたい。
道明寺葵さん――――……君自身のことを。
しかし彼女は僅かに首を動かしただけ。
――もう、ここにはいたくない。
纏う空気から、そう伝わってくる。
さっきまでの威勢はどこへ行ったのやら。
でも、聞かなくちゃいけないんだよ。
「君は、仮面を外そうと思えば外せる。そう言っていたね? 今後、外そうと思うことはあるのかな? 勿論ぼくや菊、そして彼らの前以外でだよ」
これには、ぼくの願望も入ってる。
そうであって欲しいと。例えそれが、今すぐでなくても……と。
しかし彼女は、それを言葉にはしなかった。
「……そうか」
そして部屋を出て行った彼女には、これから一生剥がれることなどないのではないかと思うほど、お得意の仮面が、がっちりと着けられていた。



